第3話

 妻の検診が終わって、ユウを真ん中にして手でつなぎながら駐車場に停めている車まで向かうときだった。急にユウが手を離して細い路地へと走り出した。身重の妻はゆっくりとしか歩けないので宇川が追いかけるしかない。ユウは突き当りで止まってしゃがみこみ、排水溝の下を覗き込んでいる。

 宇川は小走りでユウに追い付き、背中越しに排水溝の下を覗くと女が黄ばんだ歯をむき出しにして笑っていた。ユウは人差し指を排水溝の間に入れて女の顔に近づけている。女はユウの指に目を合わせ、口を近づけてくる。

 宇川は反射的に息子を抱き上げて、路地に入る手前で待っている妻の元まで走り抜けた。

「大丈夫? 何かあったの?」

 重くなった息子を抱えながら走ったせいですぐに喋ることができなかった。息を切らしながら息子を降ろしたとき、足の力が抜けてその場にしゃがみこんだ。息子はまた路地に入り込もうとするので、必死に腕を掴んで阻止した。

 臨月の妻に不気味な思いをさせたくないため、とてつもなく大きなゴキブリがいたと嘘を付いた。あれは何だったのかと考えているうちに車にたどり着いた。ふと駐車券をどこに入れたか気になり、車の横でポケットをまさぐっていると、ひらひらと落ちた。拾おうとしてしゃがみこんだとき、目の前に赤いヒールを履いた足が立っていた。チャイルドシートに座っている息子が「ん、ん」と声を上げている。

 宇川は過剰に俯きながら運転席に乗り込んでエンジンをつけた。あのまま顔を上げれば排水溝の中にいた女の顔があったのだろうか。

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いる 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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