狂った教師(ただし厳しくも優しいものとする)
断っておくが、普段の近藤先生は変な先生ではない。
厳しいのは間違いないけれど、ブラック校則に無理矢理従わせようというタイプではなかった。
生徒指導の担当ではあるが、「校則を絶対守れ」ではなく「高校は義務教育ではないのだから、己から門戸を最低限体裁は整えろ」という指導の仕方をする。
つまりは、教師陣に怒られない・目をつけられない程度のハメの外し方を覚えろ、というのが近藤先生の弁だ。
ただし、タバコ・飲酒・いじめ・横暴などに関してはヤバいほど厳格。
実はシャイニング・ウィザード事件で僕が停学で済んだのは「男子生徒達の態度にこそ問題がある」と近藤先生が踏校長や教頭に訴えてくれたからである。
そういう教師だから、怖くて恐れられても嫌悪はされていない。
「ひゃはははは! いくぜぇぇぇぇぇ⁉」
でもこんな風にノッてくれるタイプとは思わなかったなぁ。
イカレたような勢いで水の銃弾をそこらにバラまきまくる。
これでは近寄れない……が、電動水鉄砲のタンク容量は決して大きくない。あんな乱射をしていては、すぐに水切れになる。
ただし、それはこちらもいっしょだ。
「い、いきますっ」
「くらえっ!」
カスミソウと小久保くんが水鉄砲を連射するけれど、水に濡れるのを恐れて踏み込めないため先生に届かない。
あれ? これって当初の目的である「水をかけ合って涼しくなる」から大分離れてない?
まあ別の盛り上がりを見せているのでいいものとする。
僕とティエルは銃口を向けるだけで発射はしない。タイミングを見計らっているのだ。
「ちぃ、弾切れかぁ!?」
その時が、来た。
二人で頷き合い、廊下を一気に駆けようとする。
だけど近藤先生がにたりと笑う。
「お前ら、出やがれぇ!」
大声で指示すると、教室からさらに二人テロリストたちが出てきた。
男子女子、生徒が一人ずつの計二人。
やばい、男子の方はウチのクラスでも運動でトップクラスだ。
しかも彼らの狙いは、既に水の残量が怪しくなったカスミソウたちだ。
「ティエル!」
「分かったよ、ウィザード!」
僕たちは狙いを変え、二人の生徒に銃口を向け、一瞬の躊躇いもなくトリガーを引いた。水が出るだけだから躊躇いとかないのが普通だった。
激しい水しぶきに視界が少し霞む。
相手も反撃はしてきたが、反応が遅れた分僕たちは少し濡れる程度だった。
死亡判定ではなく怪我、くらいだ。
反面向こうは全身ぐしょ濡れだ。
「ぎゃああっ、べっちゃべちゃやんけ!」
「うわー、これ気持ちいいけど制服透けちゃうね? ちょっと、恥ずかしいかな」
テロリスト側についたクラスメイトが、悲壮な魔断末魔を上げる。
二人ともごっつ笑顔。 これで合計三人倒した。
でも、男子はともかくこれ女子はちょっとやばくない? みたいな感じ。制服が濡れて、しっとりと肌に張り付いちゃってるよ。
女子の方は赤いポニーテールを揺らしつつ、「水はセンパイの得意なんだけどなぁ」な」なんて言っていた。
これで、二人を倒した。
けれどその間に近藤先生が体勢を整えてしまった。
「やるじゃねえか、てめえらぁっ!」
どうやら給水済みの水鉄砲を他にも幾つか用意していたようだ。
敵側の生徒たちに手間取っているうちに、近藤先生はハンドガンを手にしていた。
「ひゃははっ! まずはお前からだっ!」
その銃口は僕を狙っている。
避けるなら、壁蹴りかな。すぐに動こうとしたが、僕を庇うように前に出る人がいた。
「あ、危ないっ、神崎くん……!」
「由良さん!?」
咄嗟のことだから、コードネームで呼べなかった。
彼女は両手を広げて僕を背にして、真正面から近藤先生が放った銃弾(水)を受けた。
激しい銃撃。先生は全弾を撃ち尽くすまで止まる気はないのだ。
「ああぁ………っ」
小さな苦悶の声が上がる。ちょっとかわいかった。
しばらくして、ようやく銃弾の嵐が止まった。
既に、由良さんは……ずぶ濡れになっていた。
くらり、と小さなカラダが揺れ、彼女はその場に崩れ落ちそうになる。
僕は慌てて受け止めた。
「由良さん、大丈夫っ?」
「あ、あ……か、神崎くんは、無事、ですか……?」
まるでヒーローの代わりに死んでしまうヒロイン。
僕はきゅっと小さな手を握りしめる。バカになる時は全力でバカな方が楽しいので、ちゃんと泣きそうな顔を作って見せる。
「なんで、こんなことを。僕を、守って……」
「え、へへ……」
ところで、由良さんについてもう一度おさらいをしておこう。
彼女は
身長は140センチの、かなり小柄な女の子。肩までの黒髪で、日本人形のように整った美少女さんで、幼めの容姿をしている。
「か、神崎くん、時々は暴虐者だけど、話しやすくて。私にとっては、数少ない、男の子の友達なんです。それに、昔から、家が成金だって、敬遠されてたから。こうやってみんなでバカやるの、憧れだった、んです。よく、子供っぽいってばかにされるけど。神崎くんは、そんなこともしないし。ああ、楽しかった、なぁ……」
……でも赤だ。
水に濡れた制服に浮かぶ下着のシルエット、かなりドギツイ赤色だ。しかもだいぶ大人なデザイン。
え、嘘。由良さんのイメージと全然違うんだけど。
「え、と。わ、分かりやすく言うと、神崎くんたちといっぱい遊びたかった、です」
「そ、そっか」
「だから、よかった。夢が、叶って……」
かくん、と由良さんが意識を失ったふりをした。
今の発言は大部分本当なのだろう。
由良さんとは一年の時も同じクラスだけど、家のお迎えがあるからって誰かと下校することなんて殆どなかった。
子供扱いもされてたし、「金持ちはいいねー」なんて当て擦りもしばしば。そういう彼女にとって、僕は数少ない安心できる相手だったのかもしれない。
「ありがとう、由良さん。守ってくれて」
僕はそっと彼女を廊下に寝かせ、広げたハンカチを乗せて赤の衝撃を隠した。
そうして近藤先生をぐっと見据える。
「行きます、先生」
「ひゃははは、かかってきなぁ! あと先生、仲間の死を背負って戦う系漫画が大好きぃ!」
話の途中邪魔しなかったの、趣味なんですね。今日だけでだいぶ近藤先生の印象変わりました。
それはそれとして水鉄砲バトルを再開、というところで大声が響く。
「助太刀するぜぇぇぇ!」
声は、教室ではなく廊下の窓側から聞こえた。
なんと、リーゼントが窓の外から突っ込んできたのだ!
あ、最後のガラスをぶち破る系のじゃありません。
エアコン壊れてるから廊下の窓は普通に開いており、校舎の外を伝って奇襲を仕掛けてきた感じです。
「リーゼント⁉」
「みんな、撃ちまくれぇええええ!」
その号令に僕たちは近藤先生に向けて銃弾を放った。
更に先生の背後からは、ウチのクラス委員長。グラビアこと九重小春さんが駆けつけた。
おそらく当初の予定ではリーゼントが注意を引いて、グラビアが背後から撃つ、という流れだったのだろう。
「私も、行きますっ」
九重さんも追撃を放つ。
つまるところ、五人から集中砲水を受ける近藤先生。
絵面だけ見ると完全にイジメ。
でも先生はどこか嬉しそうにしている。
「うおぉぉおぉ、めっちゃ涼しいぃィぃィ!?」
普通に気持ちよかったみたい。
満足そうな笑みを浮かべ、先生は大げさに廊下に倒れる。
「よかった……強い子に、会えて……」
どうやら近藤先生は現実に押しつぶされそうになっていたけど、テロリストに抵抗する子供達を見て、未来に希望を抱いて死んでいくようだ。
そういうのが、好きなんですね。
◆
死亡した近藤先生と由良さんは退場。
どうやら本隊はリーゼントとグラビア以外やられてしまったらしい。
「びっくりしたぜ。まさか保健の先生と、用務員さんがテロリスト側に付いているなんて」
浜っちが呻く。玉川先生、どんだけ声かけてるんですか。
「そのせいで、こっちはテロ生徒を倒せてねえんだ」
「じゃあ、残るは生徒二人と玉川先生かな?」
夢見さんはそう言ったけど、これだけ先生を引き込んでいるんだから、まだ追加の人員がいるかもしれない。
注意深く進もう、というリーゼントの言葉にそれぞれ頷き、僕たちは探索を開始した。
「いないね……?」と僕が呟くと、「みたいだな」と小久保くんが教室を覗きつつ応える。
どうやら三階には拠点はないようだ。
ならば、と四階に向かう階段を目指して廊下を歩いていると、階段近くに着いたとところで空にカラフルな球体が舞う。
「また、水風船だっ⁉」
僕が叫ぶとそれぞれが廊下で散開する。
現れたのは男子生徒。僕と同じハンドガンタイプの水鉄砲だ。
「ふっ、我らの正義のために、貴様らには死んでもらう!」
彼の設定は正義のテロリストの模様。
サッカー部の人だから、運動はかなりできる。猛スピードで走り、狙うはティエルだ。
「危ないっ、めぐちゃん!」
「こ、小久保のおじちゃんとこの息子さん⁉」
しかし荒々しい水の連弾は夢見さんに届く前に遮られる。
小久保が彼女を庇い、盾となったのだ。多分格好をつけたかったんだと思う。
「ぐはっ……大丈夫かい、めぐちゃん。僕は、君を守り」
「ありがとう! 絶対玉川先生は倒してみせるからね!」
「えっ、あれっ、想像してたのと違う」
たぶんさっきの由良さん的なヤツやりたかったんだろうけど、夢見さんマジ塩対応。
かわいそうになるレベルです。
それはそれとして咄嗟にリーゼントは横に飛び、転がりながらテロリストを狙い撃つ。
僕も壁を蹴って走り、高く跳躍しての空中回転、からの落下と共に連射。
「神崎くんがどう考えても帰宅部の動きじゃありませんが……っ⁉」
「神崎くんだからねー」
驚愕する九重さんと、のんびり可愛い夢見さん。
しかし戦場に惑いは不要。リーゼント真剣な表情で叫ぶ。
「ティエル、グラビアも、とにかく撃つんだ!」
「う、うんっ!」
電動水鉄砲が連続して水を放つ。
飛沫が上がり、直撃はしないけれどすっごく涼しく気持ちいい。
廊下がびちゃびちゃだけど気にしない。正直撃ってる方も撃たれた正義のテロリストも普通に楽しそうな笑顔だった。
「偶にはこういうの面白いなぁ」
満足そうに死んでいった男子が教室に戻る。
小久保くんは未練がましく「めぐちゃん。俺、かっこよくなかった?」なんて聞いていた。
「うんうん、かっこよかったよー」
「へへ、だ、だよな?」
そのひと言で十分満足したのか、小久保くんは去っていく。
君、本当にそれでいいの?
「ふぅ、なんとかなったね……。また、犠牲者を出してしまったけど」
夢見さん演技モード。
さっきの塩対応が嘘みたいに、小久保くんの死を悲しんでいる。
ただ、九重さんの方は今一つのめり込めていないようだ。あと、なぜか僕に疑わしいものを見るような目を向けてくる。
「あの、神崎ウィザードくん? なんで壁蹴りとかできるんでしょう」
なんだ、そんなことか。
僕はあっけらかんと返す。
「ああ、僕これでも以前は格闘系の道場に通ってたから」
「プロレスジムですか」
「いや違いますよ?」
水道で水を補充しつつ、グラビアと軽く雑談をする。
まあ昔撮ったキキララというやつだ。あれ、キツツキ、だったかな?
ともかくおかげで僕は運動がそこそこ得意だ。
「と、話はここまで。人の気配が近付いてくる」
こつん、と一際大きく足音が響いた。
皆がそちらを向けば、三階の廊下を悠々と歩く少女がいる。
「へえ、皆倒したんだ。やるじゃん、神崎」
織部リサ。
僕のことを妙に嫌っている女子が、再び姿を現したのだった。
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