男子はバカだし先生もやっぱバカ


「めぐちゃん、君は僕が守るからね」


 小久保孝之くんは、ティエルこと夢見めぐるさんの幼馴染らしい。

 なんでも家が隣同士で、ご両親がとても仲がいい。そのうえ当人も幼稚園に小中高全部一緒だとか。

 中肉中背、黒髪で前髪長め。運動苦手で僕と同じく成績も悪く、目立つのを好まない。

 つまり小久保くんは僕と同タイプの陰キャ側の人間だ。なので教室ではけっこう喋ったりもする。

 だから彼の口から夢見さんのことも聞いており、「学校ではお互いの交友関係もあるからあまり話さないけど、仲のいい幼馴染」だと言っていた。 


「ありがとう、小久保くん」


 夢見さんはにっこりと返す。

 以前、彼女にも小久保君について聞いたことがある。返答は「小久保のおじちゃんのところの息子さん」だった。

 僕は二人の関係性に踏み込まないと固く誓った。


「お、俺も頑張るから! 夢見さん、全然頼りにしてくれていいからね!」

「あははー、ありがとー」


 しかし無粋にも踏み込もうとする男子もいる。

 コードネーム<クイーンズナイト>くん。本名、太田邦彦おおた・くにひこくんだ。

 科学部に所属する生徒で、背も横幅も大きめである。

 夢見さん、ゲーム系が得意だから陰キャに人気あるんだよね。

 コードネームはおそらくクイーン夢見さんを守る騎士の意味なんだろうけど、その結果残念ながら彼は光属性星4モンスターになってしまった。

 今の夢見さんは二人の男子を従える女王様。

 そんな彼女がチラリと僕の方を見る。


「カスミソウさんもさんもよろしくねー」

「は、はい……。よ、よろしく、お願いします……」

 

 僕の方はと言うと残るメンバーとご挨拶中だ。

 ぎこちなくも微笑みで返してくれる、コードネーム<カスミソウ>さん。

 本名は由良之小路ゆらのこうじかすみといって、なんだか仰々しい苗字だから僕は由良さんって呼んでる。

 おどおど、控え目、でも優しい女の子。

 お金持ちのお嬢様らしいんだけど、本人は高校二年生にして身長百四十センチ。チマっとした日本人形っぽい、幼くあどけない感じの容姿である。


「でも由良さんがこういうのに参加してるのはちょっと意外」

「せ、せっかくだから、皆で遊びたいなって。それなら、コードネームも……と」

「おお、わりとノリがいい。そういうの好きだなー」

「えへへ……」


 僕も由良さんも穏やかなタイプだから会話も実に和やか。

 ちょっと離れたところで夢見さんが「おーい、私もそっちの柔らかな感じがいいでヤンス」とか言ってたから、サムズアップで返しておいた。

 そんなこんなで別働隊【ピーマンは由良さんが嫌いな野菜だから、スムージーに入れようとするやつがいたら、全力でフルボッコ】、略して【ピースフル隊】は行動を開始した。

 僕を先頭に、部隊は階段を登る。今のところ接敵はしていない。


「ウィザード。二階には、誰もいなさそうだね?」

「そうだね、ティエル。このまま、三階に…………!?」


 しかし三階への階段に足を賭けようとした時、踊り場に一人の少女の姿を見つける。

 それと同時に彼女は先制の銃弾(水)を放った。

 ただし当てるのではなく、僕の足元を狙って。

 静かに、どこか冷たい視線を向ける彼女のことを、僕はそれなりに知っている。

 なにせ、古い知人なのだから。


「なっ、リサ……君は、テロリスト側だったのか⁉」

「そうだよ。アタシは、あんたの……あんたたちの敵」


 アサルトライフル型の電動水鉄砲を構え、派手な金の髪をかき上げ、そう言ってのけるのだから大概ノリがいい。

 織部リサ(紫、サテン地、紐)。階段だもんね、下から見上げる形になるのは仕方がないよね。

 褐色スレンダーなギャルな彼女とは、昔はそこそこ仲良くやっていた。

 ……最近は縁もなくなってしまったけど。


「てか、神崎……立ち位置おかしくない?」

「え? なにが?」

「立ち位置っ! その、なんてーの? 隊列? 的なヤツ!」


 隊列……と言われると、基本的に男子二人はティエルを守るように前衛になっている。

 なので僕はちょっと離れて、カスミソウさんを背に庇う形だ。


「なんか、由良之小路がヒロインみたいになってるじゃん!」

「ヒロインと言うか、僕はハンドガンだし、カスミソウはアサルトライフルだから取り回し的に自然なポジションというか」

「しかも名前呼びっ!?」


 いや、違います。コードネームです。

 妙に怒ってるリサ。しかし僕たちの会話を無視して、こちらのチームが暴走を起こした。


「うぉぉ! いくぞぉ!」

「俺も、た透けるぜ!」

「ま、待って、小久保くん、クイーンズナイト⁉」


 ティエルの制止を振り切って、男二人が特攻する。

 あいつら……さんざん夢見さんを守るとか言ってたのに、紫の誘惑に負けおった……! リサの制服を濡らすことに囚われている……!

 た透けるなよ、助けろよ。

 けれど、そんな暴走を読み切っていたのか。

 男二人の欲望の射撃を遮る影があった。


「なっ!?」


 動揺は誰のものか。

 クラスメイトを裏切りテロリスト側についた男子生徒の一人が、銃弾を全てその身で受ける。

 リサの代わりに男子が濡れ透けになり、すぐさま反撃がきた。


「みず、ふうせん……!?」


 彼女が投げたのは、複数の水風船。

 同時に、男子のアサルトライフルを受け取り連射。

 やられた。

 最初から奴らはスレンダー美少女の濡れ透けを囮とし、男子一人の命を犠牲に、まとめて僕たちを片付けるつもりだったんだ。


「ぐああああああっ!?」


 銃弾が雨あられとクイーンズナイトたちに降り注ぐ。

 銃弾って言うか水だから、雨あられと降り注いだらもうそれはただの雨のような気もした。


「ティエル、カスミソウ! 退いて!」

「う、うんっ!」 


 指示を飛ばすと夢見さんが間髪入れず動き、由良さんと一緒に後退してくれた。

 僕は水風船の軌道を見つつ跳躍、階段の手すりを足場にして、踊り場に向かって一気に飛び込む。

 だけど遅かった。

 既にリサは退避している。


「くそっ、手際がいい……!」


 テロリスト側は思った以上に統率がとれている。

 こちらの部隊はいきなり被害を受けてしまった。


「二人、失った……か」

「いいや、一人だよ」


 僕の呟きに小久保くんが応えた。

 驚きに目を見開く。確かに、彼はほとんど濡れていなかった。


「咄嗟にクイーンズナイトを生贄にしたんだ」


 えぇ、外道ぉ……。

 どうやらぽっちゃり系な太田くんを盾にした模様。

 

「僕は、めぐちゃんを守るために、絶対に死ぬわけにはいかないんだ」

「あははー」


 大丈夫? 肝心のめぐちゃんの笑顔が死んでるけどそれは大丈夫?

 内心思いつつも僕は太田くんを助け起こす。

 水で全身が濡れた人は死亡扱いで二年C組で待機。その間は普通に水鉄砲を使って遊んでOKというルールです。

 ここで脱落だから残念そうだけど、太田君は素直に教室に戻っていった。


「クイーンズナイトくん……。まさか、こんなに早く死んじゃうなんて」


 夢見さんの瞳が濡れて揺れる。

 耐えるように唇をかむ彼女の姿は悲壮感に満ちていた。

 でも慰めようと肩に手を伸ばす小久保くんをするりと避けて、意を決したように彼女は言う。


「行こう。私たちは、こんなところで立ち止まるわけにはいかないの」

「……そう、だね。せめて、玉川先生を倒さなきゃ、犠牲になった彼に申し訳が立たない」


 僕がそう返せば、優しく。夢見さんは本当に優しく微笑んでくれた。

 あと由良さんは僕の近くで寄り添うように立ち、「わ、私も……頑張り、ます」とたどたどしいながらにガッツポーズをとって見せた。

 あ、これ確かにヒロインポジだ。


「みんな、三階を探索しよう。一応、これで一人倒したから、向こうは玉川先生を入れて六人。ううん、スパイに割いた人員を考えたら五人だから、数の上では私たちの方が有利に動けるはず」

「そ、それなら。まずは、三階の探索、ですね……?」

「うん、そうだね。カスミソウ」


 バカな男子たちは放っておいて、夢見さんと由良さんがまとめてくれた。

 そう、僕たちに……悲しんでいる暇はない。クイーンズナイトの死を受け入れて、前に進むしかないのだ。




 ◆




 僕は三階に着くと同時に前転で廊下を転がり、しゃがんだ状態で銃口を向ける。

 行動に意味はない。やってみたかっただけだ。

 どうやら廊下には誰もいないようだ。リーゼントたちの姿もない。

 とりあえず、教室を一つずつ調べよう。四人で端から教室をのぞいていく。

 まずは一つ目、誰もいない。次を、と歩みを勧めたところで、激しい物音が廊下に響く。

 驚いた僕たちは咄嗟に銃を構える。

 四つ目の教室から、新たな敵兵が出現したのだ。


「ぎゃははははははっ! てめぇらぁ、よくきたなぁ!」


 しかしそれは、テロリストに着いた生徒ではなかった。

 青のジャージを着た、大柄な男性教師だ。


「生徒指導の近藤先生⁉」


 その人物は、生徒指導の厳しさから生徒達に恐れられる、近藤先生だった。

 三十八歳、妻子持ち。だけど夏休みも毎日のように学校で仕事をしていると聞いた。

 彼の手には、二丁のアサルトライフル型水鉄砲が握られていた。

 

「なぜっ、あなたがここに!?」


 夢見さんの叫びに近藤先生はにたりと笑う。


「はっはぁっ! なぜも何もぉ! 俺もまた、テロリストの一員だぁっ! 玉川先生についたんだよぉ!」


 えっ、嘘。

 まさかの生徒指導が水鉄砲大会参戦?

 僕もノリを壊さないように対話に加わる。


「あなたほどの人が、どうしてテロリストなんかに⁉」

「夏休みだってのに仕事で学校に来なくちゃいけねぇ! しかもエアコンが壊れてやがるっ! 追い詰められ俺の心に、玉川先生は囁いたぁ! 今の俺はあのお方の忠実なしもべよ! だから廊下や教室が水で濡れても後片付けするならオッケーなんで心配ねぇぜ! はっははっ!」

「くそう、なんということだ! 現代のブラックな働き方が、先生をここまで追い詰めていたなんて! こんな遊びに付き合ってくれてありがとうございます近藤先生!」

「いいってことよぉ! 生徒指導は必要だが生徒の楽しみに水をぶっかけることはしねぇ!」

「水鉄砲だけど!」

「水鉄砲だけどぉ!」


 つまり中ボス立ち位置を自分から買って出たご様子。

 近藤先生は、乱雑に水鉄砲を撃ちまくる。


「さあぁ! パーティの始まりだぜぇぇぇぇぇ⁉」









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