テロリストを倒す
僕は焼き肉はタンから攻める、なんてことは考えない。
まだ十代半ばの僕の胃は常に肉を求めている。
なのでカルビ・カルビ・タン・ホルモン・ロース・カルビ。
ライスに乗っけて、たれ&肉&米を一気に掻っ込む瞬間こそ至福。
食後のデザートは抹茶アイスがいいな。苦みと甘みですっきりする。
焼き肉食べ放題。そんなん逃せるわけがない。
ということで、今日の夏期講習は僕たちの水鉄砲バトル学校テロリスト編に変更となった。
講習に参加していたの十六人。なので九人が抵抗勢力、七人+先生がテロリストとなる。
人数に差はあるけれど「こちらには協力者がいるからな」と意味深に笑っていた。
戦場として四階建ての校舎をフルに使い、外に出るのはダメ。水を使った攻撃以外は禁止。三・四階の教室のどれかを根城にしている玉川先生を水浸しにすれば抵抗勢力チームの勝利、その前に全員やられたらテロリスト側の勝利になる。
ルールがあいまいなのは、結局水をかけあって涼しくなるのがメインだから。
それに焼き肉無料券も、当日券が勝利側に今日のメンバーの人数分与えられる。
つまり勝とうが負けようが全員焼き肉が食べられるということ。
なら楽しんだものが勝ちなのだ。
「……夏期講習が、どうしてこうなったのでしょうか」
最後まで抵抗していた我らがクラス委員長、眩い黒髪ロングな九重小春さんが思い切り溜息を吐いた。
マジメな性格なだけに参加すると決めた後も多少の引っ掛かりがあるようだ。
「まあまあ、決まったんだから楽しまないと損だぜ。受験前の息抜きと割り切りゃいいじゃねえか」
「……そう、ですね。確かに、いつまでも文句を言っていては、他の人たちもいい気がしませんね」
浜っちの言葉に気を取り直して、九重さんは表情を変えた。
遊ぶ時は全力で馬鹿になる方がいいに決まってる。
「ってことで。ここからは、コードネームで行動するぜ」
言い出したのは浜っちだった。
僕は何だかんだ付き合いが長く、ノリに慣れているので普通に頷く。
「よし。俺は当然<リーゼント>だ。そして恭の字、お前は<ヴィザード>だ」
「なるほど。ウィザードは古語のワイズ……賢い、という言葉から派生したってアニメでやってた。そこからとったわけだね?」
「いや、一年の頃ウザ絡みしてくる不良どもに恭の字がシャイニング・ウィザードを決めたことが由来だ」
「ちょっと待って?」
なんでか周りの皆も納得して頷き、夢見さんまで「神崎くんはウィザードしかないよ!」と両の拳を握って熱弁してくる。
というか浜っちは一年の頃違うクラスだったよね?
誰に聞いたのその話?
あ、私だよーって夢見さんがさらばピースサインを掲げてる。
「あの、皆? そこだけ切り取られると、僕がすごいヤバい奴みたいじゃないか。夢見さんも、よく思い出して? あの時、ちゃんとした流れがあったよね?」
知らない人もいるだろうから改めて説明する。
僕はどちらかというと気弱な性質で、入学当初は素行のよろしくない男子たちに絡まれることも多々あった。
それを我慢していたんだけど、ある日クラスの女子が僕を助けようとしてくれた。
そうしたら男子達は鼻の下を伸ばして、「じゃあ代わりにお前が俺らに付き合えよ」とか言ってきた。
なので、怒った僕は男子達の顎に
そして男子たちを全裸にして、廊下にワックスをぶちまけ、彼らのボディーをサーフボートに見立て『マッスル・インフェルノォォォォ!!』と言って乗り回し廊下を走り抜けたのだ。
なんでか先生にすっごく怒られた。
完全に傷害事件だけど、幸い男子達は以前にも似たような問題を起こしていたようで、親御さんが大事にしたくなかったため僕の停学のみで決着がついた。
懐かしい、一年生の頃の思い出だ。
「さあ、これを改めて確認した上で聞くよ? 僕のコードネームは!?」
「ウィザードだな」
「ウィザードだね」
「私もヴィザードがいいと思います。もしくはインフェルノ」
「ちくしょうがっ!?」
上からリーゼント浜っち、夢見さん、九重さんの順番で三連コンボ。
しかも九重さんからは余計な追撃までついていた。
結局はまだマシという理由で僕のコードネームは<ウィザード>で決定した。
次は、とリーゼントが提案する前に、夢見さんが一歩前に出て堂々と胸を張る。
「私のはもう決まってるよ。コードネームは<スティエルネリース>でお願いします」
「あ、TRPGの自キャラだね」
「そそ」
テーブルトークRPGはゲーム機を使わずに、ルールブックと対話で物語を構築していくボードゲームだ。
それぞれが自作したキャラクターを演じて楽しむものだが、<スティエルネリース>は以前僕と遊んだ時に使った、ファンタジー系のキャラだ。
「愛称はティエル。小柄で細身、薄い金の髪をたなびかせるエルフの少女で年齢は214歳。まだまだエルフの中では子供で幼い容姿なの。風と光の魔法を得意とする魔法剣士なんだけど、仇敵に両親を殺されてしまった……。そして仇敵にお腹の辺りに淫紋を刻まれて、彼の魔力を受けるたびに奥がきゅぅんと」
「夢見さん、ストップ」
「ウッス」
なんかヤバくなりそうなので止めれば、ちゃんと従ってくれる。
夢見さんは素直ないい子です。
で、コードネームは<ティエル>に決定。
「じゃあ次。九重のコードネームは……もう<グラビア>でいいか」
「はぁ!?」
リーゼントの次なるターゲットは九重さんだ。
彼女は予想外の名付けにかなり驚いているようだった。
「ぐらっ、グラビアっ⁉」
「あー、分かる。だって、委員長なのに並みのグラビアよりよっぽどグラビアだよね」
インフェルノ呼ばわりされたからちょっと態度が冷たくなってしまう。でも間違っていないからね。
たぶん夏の暑さのせいだろう。グラビアは顔を真っ赤にしていた。
僕とリーゼント以外の男子もうんうん頷いていた。
そんな真夏のプレリュード。
「浜田くんも神崎くんもセクハラっ、まごうことなきセクハラですっ⁉」
「違いますぅ、単なるインフェルノに対するリベンジャーですぅ」
「この人、容姿と違って全然可愛らしくないんですが!?」
僕の煽りに怒ったグラビアを、リーゼントがまあまあと窘める。
「こいつはこの態度がデフォだから。あとカワイイ系で男から告白されたことあるけど打撃技得意だし普通にアイドルの話で盛り上がるし、ついでに言ったら馬鹿だから俺より成績も下だぞ」
「浜田くん以下なの……!? それでよく賢いからウィザードとか言えましたね⁉」
わお、そこで驚くのは失礼だよグラビアさん。
僕に対しても浜っちに対しても。
「仕方ないじゃないか、僕は純粋に勉強が苦手なんだ! 一応言っとくけど僕とリサと小久保くんは夏期講習じゃなく補習として突っ込まれてるからね!?」
「あぁ……」
織部リサは、しっかり焼いた肌に金髪ロング、爪もまつげも長い長いばぁでつるぺたな、いかにもなギャルさん。順当にお勉強ができない。
小久保くんは帰宅部で、夢見さんの幼馴染だ。当然のようにお勉強ができない。
どちらも僕とはあんまり仲良くないし、二人ともテロリストチームだけど。
「あの、やめません? コードネーム式。私以外にもダメージを受ける人が多そうなんですけど」
「そうか?」
リーゼントは首を傾げていたが、残るメンバーもこくこく頷いていた。
「あれ、意外と不評だな……」
「じゃあさ、せっかく決まったし僕達のコードネームは二つ名みたいな扱いとして固定。他の人は欲しい人だけ決めて、イヤな人はってのはナシってのはどう?」
「さすがウィザード恭の字。それでいくか」
そういう呼び方をされると芸人っぽい。
あと九重さんが「結局私グラビアから逃げられてない……」とかぼやいておられる。
そうして抵抗勢力チームはそれぞれ自分の水鉄砲を手にする。
後は戦いの始まりを待つばかりだった。
◆
……ある夏休みの日、僕たちは夏期講習でまじめに勉強をしていた。
しかしそんな時に校内放送が。なお僕たちのいる二年C組だけに流れるようちゃんと調節できます。
『ひゃーっはっはっはっ! みなさぁん、いかがお過ごしですかぁ!?』
スピーカー越しに聞こえてくる、玉川先生の声。
僕たちは突然のことに驚き、身構える。
『俺はぁ! この世界に反逆する、例の組織の正義のテロリストぉ! まず手始めにこの学校を占拠して、そこを足掛かりに活動していきたいと思いまぁすぅ! 止めたければ三階、四階のどこか陣取った俺を水浸しにして見せろぉ! そうすれば抵抗勢力チームの勝ち、その前にこちらテロリストチームにやられたら俺たちの勝ちぃ! 水以外での攻撃は無効としまぁす!』
端的なルール説明どうもです。
教室では、まずリーゼントの浜っちが立ち上がった。
「なんてこった……玉川先生が例の組織に所属していたなんて。だが、俺達は屈するわけにはいかねえ。みんな、そうだろ!?」
「おおっ!」
彼の叫びに、教室の皆が応える。
その中には<
僕たちは正しさのため、己の自由のため、暑さから逃れるために銃をとった。
「いくぜ、みんな!」
リーダーは自然とリーゼントになった。たぶん語感が似ているからだろう。
スタートは一階の教室から。僕たち九人の抵抗勢力はまず階段を目指して駆け出す。
それぞれ手にした水鉄砲は形が違う。リーゼントやティエルはアサルトライフル型だけど、僕はハンドガンの二丁拳銃。水の容量は少ないけど、こっちの方がカッコいいからだ。
「どうする、リーゼント?」と、僕が問えば鋭い視線で彼は言う。
「校舎は四階建て。上に登れる階段は、校舎の端に一つずつ。三、四階のどちらかにテロリストどもの拠点がある。まずは二手に分かれ、三階まで一気に駆け上がる。そして、三階の調査を……って流れはどうだ」
「いいね。もしかしたら階段で待ち伏せをされているかもしれないし、僕も賛成だ」
「ちょうど人数は十人、五人ずつチームを組もう」
リーゼントの言葉にグラビアが大きく目を見開く。
「いや、おかしいですよ? 抵抗勢力チームは九人って話だったはずでは……?」
指摘されて、僕たちはハッとなった。ピザ食べたい。
確かに、九人という話だった。でもチーム分けは玉川先生が行い、しかも個別に通達している。つまり僕達は、自己申告以外にどちらの勢力かを知る術がないのだ。
「そんなっ、じゃあ、この中に……向こうのスパイが紛れてるってこと?」
ティエルが怯えるように肩を震わせた。
けれど怯えを飲み込むように小さく呼吸をして、ぐっと強く銃のグリップを握った。
さすがTRPG経験者。めっちゃ演技がうまい。彼女はどこか疑わしそうに、ここにいるメンバーを見回している。
僕は咄嗟に、その中の一人に銃口を向けた。 せっかくのおいしいシチュエーションなんだから、逃すわけにはいかない。
「やめろ、ウィザード⁉」
「だけどリーゼント! テロリストの一員が、この中にいるんだよ? 隙を見せたら、殺られる(水)かもしれない……!」
夢見さんが銃を握ったまま祈るように両手を組んで、リーゼントに訴えかける。
「ねえ、二手に分かれるのは、危険じゃないかな? 皆で一緒に行動した方が」
「いや、だめだ。もし本当にスパイがいるのなら、そいつが俺らをイチ、イチモ……んんっ、にされる可能性がある」
「うん、確かに。そいつに一網打尽にされちゃうかも。二手に分かれて行動すれば、少なくとも五人は問題なくテロリストの拠点を目指せる、ってことだよね?」
なるほど、そういうことか。どういうことだ?
なんにせよ五人で動く方針に変わりはないようである。
「俺達が、何人死のう(水)と。最後に、玉川の野郎をぶちのめせばそれで勝ちなんだ」
悲壮なまでの決意を胸に、リーゼントが遠くを睨む。浜っち、厳つめの顔立ちだから真剣な表情がすっごく似合う。
改めてチーム分けをして、僕たちは別行動をすることになった。
「じゃあ、俺らはいくぜ」
「ウィザードたちも、頑張ってください」
リーゼントとグラビア、他三名が本隊として動く。
別働隊は僕とティエル、カスミソウさん、小久保くん、クイーンズナイトくんの五名で動く。
もしかしたら、この中にスパイがいるかもしれない。
そう思えば多少不安だが、僕たちは別ルートから二階を目指すことにした。
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