バカの放つ夏の銃弾(水)

西基央

初めて銃を手にした日



 僕は今でも思い出す。

 突き刺す日差し、うだるような暑さ。

 熱に溺れた、夏休みの一日。

 各々がその手に銃をとり、その銃口を友人に突き付けた。

 遠い夏の日のことを。

 ……きっと僕は、いつまでも忘れはしないのだろう。







 

 僕の名前は神崎恭一かんざき・きょういち

 運動はできるけど勉強は最下層、教室の隅っこにいる大人しく真面目な高校二年生だ。

 目立つのも悪いことも苦手だから、停学になったのも二度くらいしかない、穏やかな陰キャである。


 夏休みのある日、僕を含む十数名の生徒が夏期講習のために登校していた。 

 講習とはいっても他のクラスには誰もいない。

 これは担任の玉川たまがわ先生が自分の時間を割いて開いてくれたものだ。

 高校二年の夏、受験を控えており少しでも勉強をしたい。でも塾に入っていないし、といった生徒を集めた勉強会に近い形である。

 先生には感謝しているが、今日はこの夏一番の猛暑日になる天気予報でやっていた。


「あづい……もう暑いじゃなくて熱の方の熱いだよこれ……」


 僕はだらしなく椅子に体を預ける。

 周囲の友人たちも似たようなものだ。

 隣の席の夢見さんも机でうなだれていた。


「ほんっとに……なぜにこんな、あついの……?」


 湿気のせいか、セミロングの髪が濡れているように見える。

 夢見ゆめみめぐるさん。

 勉強も運動もできるけれど、部活はTRPG部。なんでもテーブルゲームにもコミケみたいな即売会があるそうで、自主制作したテーブルゲームでかなりの販売実績があるとか。

 趣味は当然テーブルトークRPGで、複数の声を使い分けるゲームマスターである。


「おかしいでしょ、この気温。エアコンはどうなってるの……」

「電気系統のトラブルで、全館使用できないっぽいよ……」

「マジですか……」


 夢見さんとは高校生になってから知り合った。

 一年生の頃も同じクラスなので、わりと仲がいい友達だ。

 

「ねえ、帰りに“喫茶みちくさ”でかき氷食べて行かない?」

「いいね。僕、練乳いちご」

「私は宇治金時ー。白玉とあんこが最高なの」

「夢見さん和風スイーツ系好きだよね」

「食後に抹茶アイスが用意されてたらだいたいのことを許せちゃうタイプでやんす」


 ほっそりとした顔立ちに少し垂れた大きな瞳。緩やかにウェーブした茶色がかった艶やかな髪。

 クラスでも五指に入る美少女だろうに、今一つ容姿を活かし切れない性格である。 

 時折出る時代劇の下っ端みたいな喋り方もそうだし、文化祭の出し物でTRPGのセッションを披露した際、渾身のゴブリン役を演じたことで彼女に憧れる男子生徒をごっそり減らした経緯を持つ。

 いくら夢見さんが美少女でも、頭を激しく振りながらの『ゲヒッ、ゲヒヒッ、オンナァッ、苗床ッ、オンナァッ!』に耐えられる男子は多くなかったようだ。


「神崎くんまたTRPG付き合ってよー……あー、あづい。クーラー効いた部屋でセッションしたい。ボードゲームのお供はピザポテトとコーラで……」

「僕、炭酸苦手だからオレンジジュースがいいなぁ。ウーロンハイも捨てがたい……」

「当たり前のように私の部屋で飲酒しようとしないでくださーい」

「いいじゃん、ちょっとくらい……」

「私で捨てたくせに生意気ー……」

「ブーメラン乙ぅ……。あぁ、あつっ」


 僕自身は帰宅部だけど、以前TRPG部を手伝ったことがあるため、彼女の家にも何度か行っている。

 恋愛感情とかはないけど、相性はいい方だと思う。


「おーい、恭の字ぃ……」


 ぐだぐだな僕達の会話に、後ろから浜田武雄はまだ・たけおが加わった。

 今の時代に燦然とリーゼントスタイルだから、後ろからリーゼントが生えたみたいな感じだ。


「なぁーに、浜っち……」

「俺もかき氷食いたい……」

「だいぶ遅れて入って来たねぇ。あと、肩組まないでくれる……?」

「なんだよ……俺との友情を、否定すんのかぁ……っ?」

「僕と君のハートは熱すぎて、夏には向かない仕様なんだよ……」

「じゃあしかたねぇなぁ……」


 もう何を言っているのか、意味が分からない。

 あと夢見さんが僕たちを見て「なんかちょっとドキドキする」とかなんとか。

 僕はちょっと背が低めだし童顔。どちらかと言えば中性的な顔立ちのせいで、ボーイッシュな女の子に間違われることもある。

 そのせいで浜っちと絡むと、あらぬ誤解を招くことはこれまでもままあったりする。

 

「男同士でキッモ……」


 そんな僕たちに対して、夏に背いた冷却視線を向ける少女が一人。

 織部リサ。

 染めた明るい金髪に、日焼けした褐色の肌。派手な装飾品やメイクもばっちり決めた女の子だ。

 いわゆるギャルっぽい印象で、彼女の友達も似た感じ。リサとは昔はちょっと喋ったりもしたけど、今じゃ僕みたいな陰キャとはあまり縁がない。

 というか普通に嫌われてるみたいで、よく暴言ぶつけられる。


「いいじゃないか別に、仲が良くて悪いことなんてないよ」

「見苦しいって言ってんの。なにが“仲いい”よ」

「ひどいなぁ」


 僕が反論しても、不機嫌そうなままだ。

 一応夢見さんが「そんな言い方はないんじゃないかな?」ってやんわり窘めようとしてくれる。

 でもリサの返しは粗雑だった。


「いいの、こんな奴この程度の扱いで」

 

 微妙に空気が悪くなりそうなタイミングで、玉川先生が若干ネクタイを緩め、大きく息を吐いた。


「さすがに、もうそろそろ限界だなぁ、これ」


 講習中の私語を注意しなかったのは、たぶん先生もかなり疲れているせいだ。

 四十後半の男性教師、担当科目は現代国語。

 少しよれたスーツでちょっとだらしない印象があるけれど、生徒の相談を受けたり授業以外の質問にも気軽に対応してくれるいい先生だ。

 わざわざ付き合ってくれる玉川先生には感謝している。

 それはそれとして電気系統のトラブルで、校舎のエアコンが軒並み使えないため教室がサウナ状態になっている。

 そろそろ限界、と考えているところに、先生が段ボール箱を持ちだした。


「みんな、撃ち合おう」


 え、なに言ってんの?

 困惑する僕達。でもにやりと玉川先生は口の端を吊り上げる。

 浜っちが段ボールの中を覗き込む。

 そこにあったのは。


「……水鉄砲?」


 そう、大量の水鉄砲だった。

 しかもカラフルないかにもなオモチャではなく、電動式のちょっとリアル風なスタイリッシュ水鉄砲だ。

 先生は両手を広げ、まるで舞台役者のように語り上げる。


「そう、受験を控えているとはいえまだ二年生。夏の一日、偶には遊んだっていいだろう。ていうか暑いし。なのにエアコン壊れてるし。これはもう水をかけあって涼しくなるべき。それこそ俺が教師としてできる最大限のことなんじゃないかなって。だって暑いし。2チームに分かれて水鉄砲を撃ち合うんだ。俺率いる悪のテロリストチーム、生徒だけで構成された抵抗勢力チーム。もう本気あちゅい、勉強なんてしてる場合じゃねーっすわまじで。水鉄砲で涼しくなりたいから実費で買って来たんだよ、さあやろう」


 先生が……壊れた……!?

 この夏一番の猛暑だと天気予報でやっていた。

 にも拘わらず電気系統のトラブルで、校舎のエアコンが軒並み使えない。

 サウナ状態の教室で、一時間以上ずーっと勉強。

 しかもプライベートなので給料出ない。

 重なり合った悪条件が、玉川先生をここまで追い詰めてしまったのか。

 

「だ、大丈夫ですか、先生?」

「心配ありがとう、九重。でも大丈夫なわけねーよ、あっちーんだよ。もう世界に反逆したいんだよ俺は」


 ちゃきりと眼鏡を治し、クラス委員長の九重小春ここのえ・こはるさんが心配そうに問う。

 粗雑に答える玉川悪のテロリスト先生。

ない。

 教師は忙しいのだから、疲れがたまってる。

 そこに無理をしたんだ、この態度もある意味仕方ないのかもしれない。

 それに、今日は、本当に暑かったんだ。

 


 だから…………僕たちは、熱暴走を起こした。


 

「よっしゃああああああああ、勉強なんざやってられっかあああああああああああああ!?」


 最初に雄叫びを上げたのは浜っちだった。

 いさましくリーゼントが揺れる。まるで、反撃の狼煙のように。


「水鉄砲最高! 水浴びしようぜ、勉強なんてもうどうでもいい!」

「楽しそうじゃん、あたしもいいよー!」


 次々と賛同の声が上がる。

 実際これだけ暑いのだ、水を全身に被ったら気持ちいいだろうなぁ。

 というか多分熱暴走って意味違うけどそんなこと気にならないくらい僕たちも限界間近だった。

 それでも迷っている生徒達もいる。僕もその一人だ。

 こてんと可愛らしく夢見さんが小首を傾げる。

 

「あれ、神崎くんは乗り気じゃない?」

「うーん、水被ったら涼しくはなるだろうけど、ならもう早く帰りたいというか」

「あー、それは確かに」


 僕らと同じ意見の人もちらほらと。

 そんな精神を、玉川先生は突き崩そうとする。


「ちなみに勝利したチームには焼肉チェーン『焼き肉吾郎』の食べ放題無料チケットを用意しよう」

「この戦い逃げるわけにはいかない! 絶対に勝つ……! 浜っち、僕はやるよ!」

「おうよ、恭の字!」


 ちなみに僕の大好物は焼き肉だ。

 他の生徒も賛同し、夏期講習は校舎をフル活用してのテロリスト対生徒達というシチュによる水鉄砲合戦に変わったのである。




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