第17話 肥沃王の目的

 とりあえずアルヴィアは、ジークフリートを己の居城であるビルスキルニル城へ招き入れた。


 城の談話室に集まったアルヴィア、ベルトラン、シヴは、一人長椅子へ優雅に座ったジークフリートを前に、何故ニーベルンゲンの国王ともあろう者がたった一人で、メリア王国を訪れたのか。その意図について問い詰めていた。


 ジークフリートによると近年、新興国であるニーベルンゲンは西方ラムヌス諸国より様々な圧力をかけられており、ほぼ冷戦状態に近いのだと言う。そこで、西方ラムヌス諸国に睨みを利かせるため、東方ラムヌス諸国の中でも最も軍事力に秀でているとジークフリートが個人的に見込んでいるメリア王国と国交を始め、今すぐにでも同盟を結びたいのだと。


 ジークフリートの事情を汲んだアルヴィアは「なるほど」と一つ頷くが、すぐに小さく唸った。


「それなら、国王陛下にお伺いを立てたいところだけど……陛下は病床にあるので、必然的に王妃殿下にその旨を伝えないといけなくなる。でも、排他的な王妃殿下がまず、ジークフリートさんを受け入れてくれるかどうか……正直、難しいね。今は王都ソラニエにいる、レーニエ第一王子がジークフリートさんに付き添ってくれたら、また違ってくるのかもしれないけど」

「……俺もそう思う」


 アルヴィアの考えに、ベルトランも小さく息を吐いて同調する。しかし、ジークフリートは全く気にした様子もなく、突如その場に立ち上がって、アルヴィアたちの方へと歩み寄ってきた。


「やはりそうか。だが、最悪同盟は結べなくてもいい。今の俺の一番の目的は——アルヴィア殿下とのだからな」


 ジークフリートはそう言ってアルヴィアの前に跪くと、慣れた手つきでその細い左手を柔らかに取り、手の甲へとキスをした。


「え」


 驚きのあまり目を丸くして間の抜けた声を漏らすアルヴィア。その隣に座るベルトランと、傍に立っていたシヴも揃って絶句する。


 しばらくしてアルヴィアがはっと我に返ると、咄嗟に目の前で跪くジークフリートに口を開こうとするが、その前に途轍もなく強い力で横に全身が引っ張られ、すぐさまジークフリートと引き離される。

 そして、背後からアルヴィアの両肩を片腕で抱きすくめたシヴが、いつもより一層低めた声で宣告した。


「それは断る。おれが、アルヴィア・シンドラ・メリアの婚約者なんだ。この契約は何よりも大事なもの。おれは決して譲らんぞ。誰にも」


 おそらく最後の方は、アルヴィアに向けて語りかけていた。それが解ったアルヴィアは小さく笑みを零すと、シヴを微かに振り返って頷いて見せる。


「同感。私もこれだけは譲る気ないよ。絶対」


 そう言ってアルヴィアは、既に立ち上がっていたジークフリートを見上げた。


「というわけなんだ、ジークフリートさん。それに彼、私との婚約が無くなってしまったら全人類を跡形もなく殲滅させる気らしい。だよね? シヴ」

「無論だな」

「だそうです。流石にそれも含めて見過ごせないので、あなたとの婚約はどうやっても結べない。この件に関しては……」

「待ってくれ。なるほど、そうか。事情はよくわかった……それでは、をくれないか? アルヴィア殿下の現在の婚約者である鷲獅子王シヴよ。彼女との婚約を賭けて、俺と一戦手合わせをしてくれないだろうか」


 断ろうとするアルヴィアを遮って、ジークフリートは己の腰に提げている、緑色の宝石がはめ込まれた煌びやかなる剣を掲げて見せた。


「それに、あなた方も気になるだろう? 俺のフレスヴェルグの遺産——母なる大地に愛されし秘宝『宝剣グラム』の異能が」


 アルヴィアは、そばにある天鎚ミョルニルが微かに宝剣グラムに反応して震えたのを感じて、目を細める。ジークフリートによると、彼は宝剣グラムの適合者として覚醒して、まだ二年ほどしか経っていないらしい。だというのに、先刻の異能の扱い方は、ミョルニルと十年共に戦ったアルヴィアにもほとんど劣っていないように感じた。


 同じフレスヴェルグの遺産の適合者として——もしくは、今後シヴの脅威となるやもしれない相手だ。是が非でももう一度、ジークフリートの戦いぶりは見ておきたい。


 アルヴィアが内心でそんなことを考えているのを読んでいるのか否か、ジークフリートはアルヴィアへとはにかむような笑みを零して見せる。


「まあ、国家間のあれこれもあるし、他にも建前を言ってしまったが。そんなことよりも何より、俺はアルヴィア殿下ほど魅力的な女性をそう容易く諦められるほど、大人じゃないのでね。これが一目惚れってやつかな?」

「お、おお……」


 あまりにも真っ直ぐに、しかも相手は頬を赤らめるようないじらしさを見せて真っ当に口説いてきたので、品の無い口の兄からしか口説かれたことのないアルヴィアは感心のような照れのような、自分でもよくわからない思いで妙な反応を漏らしてしまった。

 思わずシヴの方を振り向くと、シヴは相変わらずの無表情のまま、鼻を鳴らして頷いて見せる。


「おれは別に構わんが」


 それに、アルヴィアと同じフレスヴェルグの遺産の適合者の力量は、おれとしても把握しておきたい。と、シヴは視線だけでアルヴィアに語ってきたので、アルヴィアも少し緩んでいた気を引き締めて、頷き返した。

 こうして明日、鷲獅子王とフレスヴェルグの遺産の適合者の殺し合いにはもってこいの適地である「迅雷の台地」にて、シヴとジークフリートの決闘が行われることとなった。

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