第15話 新興国ニーベルンゲンの使者
ラテール平原に辿り着いたアルヴィア一行は思いがけず急がせていた馬の足を止め、ラテール平原一帯を、息を吞んで見回した。
アルヴィアたちがそこで目にしたのは、「平原」であったはずが、各所の大地が山や丘の如く巨大に隆起し、完全に地形が変わり果ててしまったラテール平原であった。
一方、ラテール平原にて応戦していたはずのメリア王国軍は、地形の変化によって混乱が生じているのか陣形が乱れ切っており、目も当てられないほどバラバラになっている。
アルヴィアたちはまず、現在の戦況を把握するため、後退していた王国軍の本陣へと向かった。
本陣に着くと、一人の初老の男がひどく驚愕した様子でアルヴィアたちを迎える。
「な、ア……
「リシャールのお目付け役の、ブロンデル卿か」
アルヴィアは十年以上前に一度だけ会ったことがある、ブロンデル伯爵の名を呼ぶ。
確かブロンデル伯爵は、王妃の強い後押しもあって十六歳という異例の若さでメリア王国軍軍団長に最近就任した第三王子リシャールのお傍付きだ。
アルヴィアは素早く馬を降りて、ブロンデル伯爵へ有無も言わせないような圧を醸し出しながら、淡々と話を促す。
「私のビルスキルニルにも、王国軍の勇戦奮闘ぶりが早々に届いてね。しかし、『異能』らしき力を持つ者が現れたと聞いて、胸騒ぎがして駆け付けた。現況を手短に報告して欲しい」
「は……ハッ! 征禍大将軍閣下の仰せのままに!」
アルヴィアの圧か、はたまた「
ブロンデル伯爵によると、ラテール平原から王都ソラニエの街道に繋がる関所にて「ニーベルンゲンの使者だ」と語る怪しげな男を軍団長リシャールの命で捕え、なんと処刑まで執行しようとしたために男が脱走。
それに激昂したリシャールが王国軍全軍を率いて男を捕えようとするが、男が「魔法」やら「異能」にも似た妙な力を使って平原の地形を変えてしまい、あえなく軍はバラバラに。頭に血が上ったリシャールはその身が危険だからと、近くの砦に下がって貰ったという。
そうして現在、未だに王国軍が少しでも動きを見せれば、平原の大地が隆起するという、危険な状態であるとのことだった。
ブロンデル伯爵の報告を聞き終えたベルトランが、呆れも通り越したようなどこか蒼ざめた顔で、盛大な溜め息を吐き出しながら七つ年の離れた弟の名を呟く。
「リシャール……どんだけ血の気が多いんだ、あのバカ……次会った時、何が何でも説教くらわす。あと、ブロンデル卿。もとは弟の暴走が最悪なんだが、これからは貴殿らもできるだけ弟を止めてやってくれたら助かる。面倒をかけるが、お目付け役として弟を何とか頼む」
「も、申し訳ございません! 承知いたしました、ベルトラン殿下……」
「いや、貴殿は謝らなくていい。こちらこそ、面倒事を押し付けてすまねぇ。それにしても……はあ……思っていた以上にこれ、最悪の事態だろ……」
萎縮するブロンデル伯爵の肩を軽く叩いてやり、アルヴィアは末弟の問題児っぷりに頭痛でも起こしているのか片手で頭を抱えているベルトランに、ブロンデル伯爵の報告の中で一番気になっていたことを尋ねた。
「それより、ベルトラン。『ニーベルンゲン』の使者、というのが私は一番引っかかってるんだけど。『ニーベルンゲン』って何か知ってる?」
「んあ? ……ああ、そうか。確かに姉上は知らねぇか」
ベルトランは顔を上げると、ブロンデル伯爵が持っているラムヌス大陸の地図の南部——「南方ラムヌス」と呼ばれる地方を指さしながら、アルヴィアに答える。
「東方ラムヌスと西方ラムヌスを唯一繋ぐ街道が通る
アルヴィアは目を丸くしながらも、すぐにベルトランの話と今までの経緯を素早く咀嚼し、ベルトランが言わんとしていることを理解した。
「! ……なるほど。十年の間に南方ラムヌスでそんな国が。東方ラムヌス諸国のいずれでも国交がほとんどない新興国からの使者、それがメリア王国を訪れていたとなると……うん。これは結構やらかしちゃったな、リシャール。ベルトランの頭痛の意味が痛いほどわかった」
「だろう? ……はあ……」
つまりはこの件。下手をすれば、南の新興国ニーベルンゲンとの戦にも発展し得る、ということだ。しかも、東方ラムヌス諸国のほとんどと国交をしていない大国の使者が、メリア王国を訪ねていたこと、そのうえ王国軍に処刑されかけていたことを他の東方ラムヌス諸国にも知られてしまうのは非常にまずい。
アルヴィアは腹を括った。
「……うん。とにかく、おそらく今激怒してらっしゃるニーベルンゲンの使者さんの相手は私がしよう。平原を見た限り、あの凄まじい力は西方ラムヌスで稀に生まれると聞く『魔法使い』という存在のものかもしれない。そういう超常的な力の相手をできるのは、私しかいない。そして、何とか話ができる状況に持ち込んで——頭を地面に擦り付けてでも、謝罪するしかないね。まずは対話できる状況に持ち込むこと最優先。とにかくそれが一番、平和的解決に繋がると信じよう。皆、いいかな?」
アルヴィアの提案に、異を唱える者はいなかった。アルヴィアはベルトランやブロンデル伯爵を見回して頷いて見せると、腰に提げている小型化したミョルニルの名を呼ぶ。すると、ミョルニルはぐるぐると回転しながら飛び出してきて、長大な戦鎚型に変化し、アルヴィアの手の中に収まった。
「では、行ってくる。ベルトランはこの本陣にて、私の戦況を見ながら臨機応変に王国軍の指揮を執って欲しい。ブロンデル卿はベルトランの補佐を。そしてシヴもここにいてくれ」
「御意」
ベルトランとブロンデル伯爵は、恭しくアルヴィアの指示に応えた。シヴだけは、相変わらず終始真顔で黙ったままであったが。
そうしてアルヴィアは、ベルトランたちにひらりと軽く手を振って見せると、外套を翻して天鎚ミョルニルを肩に担ぎ、戦場の最前線へと向かうのであった。
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