第三十三話 リクエストだと!?
朝、部室に着くと色とりどりの浴衣が部屋の隅に移された畳の上に広げられていた。
「すごい。これぜんぶさつき先輩のお家の浴衣ですか?」
「そう。西尾さんはそうね……ああ、あった。これ。どうかしら?」
そう言ってさつき先輩が見せるのは白地に桃色の小花が可愛らしく散りばめられた柄の浴衣だった。
「かっ、かわいすぎません!?」
「そう? 悪いけど変更は不可なの。千菊くんのご希望だから」
「へっ……」
「まったく呆れた人よ。この期に及んで裏方としての決定権を私欲のために乱用するなんて。本当に全然反省してないんだから」
な……ななな!?
り、龍崎先輩が、わたしに選んだ浴衣だと!?
「その花は
「ひいいいい」
さ、さつき先輩っ、なんかわざと刺激を強めてません!?
「どうしても嫌なら千菊くんに聞いてみる?」
「だだ、大丈夫ですっ」
着付けはさつき先輩が手際よくやってくれた。ほかの一年生たちのもチャチャッと。すごい。……と思って見とれていたら「来年からは自分でやってね」と。
えっ、と周りを見ると二年生の先輩たちはなんとか自力で着付けをしていた。ひやぁ。来年はあっち側か。
全員の着付けが終わるとさつき先輩が「部長呼んで来ます」と出ていった。そういえば今日はまだ顔を見てない。まあ女子部員たちが着替えてたから席を外してたんだろうけど。
そうして『その人』が、ガラ、と部室のドアを開く────ん? ちがう?
「ご準備はよろしくて? みなさん」
「えっ、マサミ先生!?」
思わず声を上げたのはマヨだった。今日もしゃんと決まった和服姿の先生にチラと睨まれて慌てて縮む。
するとマサミ先生はその視線をマヨから隣のわたしへと移し、するすると歩み寄ってきた。
ドキン……。
こうして対面するのは、京都合宿のあの時以来だ。
「西尾さん」
「はっ、はいっ」
「一年生だからと萎縮することはないです。失敗しても結構。今日はあなたの晴れ舞台だと思って、あなたの茶の湯をめいっぱい
思わず、キョトンとしてしまった。
先生が微笑んでわたしの肩に触れるから、慌てて「ハイっ!」と返事をした。
この人の目に、わたしはどう写ってるんだろう。身を削って大切に育ててきた息子さんに大きな影響を及ぼしたわたしは……。
「西尾さん」
「は、はい……!」
「あなたはこの中学の茶道部員です」
「え……」
「引け目に思うことはなにもないわ。堂々となさい」
そうか、そうなんだ。
先生は『お母さん』の目でわたしを見てなんかないんだ。
『茶道の先生』として『生徒のわたし』をちゃんと見てくれてるんだ。
だったら、応えなくちゃ。
お礼を言って、お腹に締めた真っ赤な帯の前で硬く拳を結だ。
「はじめの挨拶をします!」
気づけば龍崎先輩がみんなの前に立っていた。いつかの部活紹介の時とはまたちがう色の、素敵な和服姿で。
さあ。いよいよ、本番だ。
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