五席目 受け継いで光れ文化の祭

第三十二話 あのさつき先輩が!?

 さつき先輩と龍崎先輩によるわたしへの『特別指導』は次の月曜日から放課後に毎日行われることとなった。何度も言うけど、


 なんでこんなことにぃぃいいいっ!?


「ちがいます。もっと流れるように」


「こう……ですか」

「ちがいます」

「こう……?」

「ちがいます」


 うう。こわいです、さつき先輩。


「西尾さん、上達する気はおありで?」

「もっ、もちろんですっ!」


 もう半泣きだよっ。


「はは。少し休憩しない?」


 救いの神は龍崎先輩。ああああ。さつき先輩と二人きりじゃなくてほんとーおうによかった。


「いきなりいろいろやり過ぎても覚え切れないよ。今日は干菓子ひがしがあるから、食べて休憩しよう?」


「そんな暇はありませんよ?」


 睨むさつき先輩を「まあまあ」といなして龍崎先輩は小箱を差し出す。


「『麗しのさつき嬢へ』とのことだから」

「な……」


 誰かからの差し入れなのかな? と様子を見ていると「さつきさんの恋人からだよ」と思いもしないことを龍崎先輩が言う。


「えっ、え!?」


 驚いてさつき先輩を見ると「おやめになって」と頬を赤くしていた。えええ!? 


 誤魔化すようにして菊の花の干菓子をひとつ摘みつつ「彼とはただの親族です」と言う。


「老舗和菓子店の御曹司だから。さつきさんとも充分釣り合うでしょ」

「だから彼とは!」

「ハトコ、というのは果たして親族と呼べるの? 法的には婚姻も可能なんでしょう?」


 言いながら自分もポイ、と小さな松ぼっくり型の干菓子を口に入れ、わたしにも勧めてくれた。前から思ってたけど龍崎先輩って結構、口がお強いですね……? だってあのさつき先輩を言い負かすんだもん。


 さつき先輩は「こんいん……」と真っ赤になって黙ってしまっていた。


「許嫁の話がなくなってやっと自由になれたんだ。さつきさんもそろそろ素直になればいい」


 ふふ、と楽しそうに笑うと「後半は僕が見るよ」とわたしにその手を差し伸べた。



 翌週になると龍崎先輩は次第に忙しくし始めた。なんたって文化祭の『裏方』をひとりで担うことになってるんだから。


「なにか手伝いましょうか……?」


 訊ねてみるも「大丈夫」と笑顔を返されるだけ。「これは僕の罰だからね」と。


 文化祭では例年『立礼式りゅうれいしき』というテーブルとイスを使ってお茶席をすることになっているのだそうで、大きなテーブルを部室に運び込んだり、畳を上げたりといった力仕事も汗を流しながらひとりでこなしていた。


 さらにはいつもお世話になっている和菓子屋さんへの注文(これは「好きなの多くしようっと」とか結構楽しそうにやってたけど)や、さつき先輩のご自宅の呉服店に浴衣のレンタルの依頼、それから当日部室に飾る生花の予約注文、その上で看板やチラシの作成まで手際よくこなす。うん。やっぱり先輩はすごい。


「字はいいんだけど、絵は不得手なんだよね」


 ある日そうボヤくから「ちょっといいですか?」とその手もとから紙を貸してもらった。


 さらさら、と描いてみる。自信があるわけじゃないけど、少しでも先輩の力になりたくて。


 すると「すごい……!」と感嘆されてしまった。


「や……こんなの、ぜんぜん」

「いや上手いよ、お世辞抜きで」


 見てみんな、と回されてしまいいよいよ顔が熱い。か、勘弁してください……!


「来年からは西尾さんがチラシ担当で決まりね」


 微笑むのはまさかのさつき先輩だった。そういえばここ最近ずいぶんトゲがなくなった気がする。実際笑顔もよく見るようになったもん。


「今後の茶道部をよろしくね」


「や、やめてくださいよそんな……寂しいこと言うのは」


 答えると一層微笑んでポン、とわたしの頭を撫でた。……って、えええ!? あのさつき先輩が!?


 なんだか調子が狂うな、と思っていると、やよいちゃんと目が合った。


「羨ましい……」

「へっ」


 な、ななな!?


「今、さつき姉さんに頭ポンポンされましたね?」


「い、いやいや! ……えっと?」

「羨ましいいいいっ」


 ひええええっ、やよいちゃんの『お姉さんリスペクト』が謎!



 そんなこんな。あっという間の二週間で。


 わたしたち茶道部は、ついに本番の『文化祭当日』を迎えたのでした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る