第三十一話 なんでわたしなんですか!?
先輩は少しの間キョトンとして、それから、ぱああ、と花が咲くみたいに笑顔になると、飛びつくみたいにわたしをぎゅうっ、と抱きしめた。
「ひっ……が」
うわわわわ。ひいいがっ。ひいいがっ。こ、ここここんなことされたらっ、さすがにわたしだって気絶しますよ!?
「スズちゃん」
「……は、はい」
「スズちゃん」
「ひっ……はい」
「大好き」
「ひいいいいいい」
なんだかもう、溶けてなくなりそうですが!?
「茶道部にも戻ってくれる?」
「も、戻れるんですか?」
「もちろん。そもそも母はただの部活講師で、そういった決定権は持っていないはずだもん」
な、なんと……。
「さつきさんにももう文句は言わせない」
先輩は優しく腕をほどきながら言った。
気づけば周りのあちこちから「ひゃあ」「きゃあ」という悲鳴が聞こえてくる。これはもはや大罪、というか償えるレベルの罪ではないのではないですか!? し、し、親衛隊さん、護ってくれますよね!?
そんなわけで、いろいろと大変だったけどこれですべてが丸く収まった。……かと思ったんだけど。
「他の部員たちに示しをつけるためにも、規則違反の罰はしっかり受けるべきと思います」
それはわたしが部員復帰を果たした9月の最初の部活でのことだった。
「そうだね。さつきさんの意見には僕も賛成だ」
にっこり笑って答える龍崎先輩をさつき先輩はさらに苛立った顔で睨んた。
「ずいぶん余裕ですね?」
「もっと怖がったほうがいいの?」
う、笑えない。
「怖がるのではなく反省をしてほしいの」
「うーん。反省……ねえ。だけど僕自身は悪かったとは微塵も思わないんだよ。ということは、この規則自体が間違いだったんじゃない?」
「今は『規則の内容』ではなく、『規則違反』の話をしています」
「『間違った規則』でも違反すれば罰されるの?」
ハラハラした部員たちの眼差しを受けつつ、さつき先輩は「規則を違反したこと自体が罪なの」とバッサリ斬った。ひい。
な、なんだか前より二人の関係が本音っぽくなったような? 許嫁の約束が解消したからなのかな。
「どの道今度の文化祭が終われば私たち三年生は引退です。すなわち退部などでは罰として甘すぎると思うの」
「ふむ。たしかにね。ではどんな罰を受ければいいのかな?」
さつき先輩はその問いかけを待っていた、と言わんばかりに「ふ」と微笑んだ。
「今度の文化祭の全ての準備。会場設営や部員の教育係、資金集めに集客と会計。看板やチラシの制作、和菓子や生花の手配と受け取り、管理。衣装の手配、受け取り、管理。すべての裏方の仕事をひとりで担っていただきます。当然後輩たちへの内容継承もお忘れなく。もちろんお点前の披露は千菊くん以外の部員がします。つまり今回の文化祭、あなたには終始『裏方』として尽力してもらいます」
「ほほう」
「異論はないですね?」
「僕としてはないけどね」
「……なんですか?」
「お客様から苦情が出るのではないかと思って」
「なにに対して?」
「僕がお点前を披露しないことに対して」
うおっ!? た、たしかにそうでしょうけど、それをご自分で言うんですね?
「それらへの対応も『裏方』であるあなたの勤めです」
龍崎先輩は「なるほど」と答えて「いいでしょう」と頷いた。
うーん。本当にいいのかな。だってこれが先輩の中学最後の文化祭なのに。本当はお点前を披露したいんじゃないのかな。それに先輩が言う通り、それを期待してる生徒も多いんじゃないのかな……?
などと考え事をしていたら、「それと西尾さん」とさつき先輩に突然呼ばれて「ぅひゃいっ!」と飛び上がった。
「過度な反応をしないで」
「すっ、すみばせんっ!」
ひいいいい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! やっぱりさつき先輩、わたしのことまだ怒ってますよね?
「あなたには一年生代表として、文化祭でお茶を点ててもらいます」
「……へっ!?」
「なにか?」
「や……。なんでわたしなんですか?」
実力でいえば入部以前からマサミ先生のところで茶道を習ってきたやよいちゃんが一番のはず。わたしなんか、まだ始めたばかりなのに。
「マサミ先生がお決めになったことです」
「へ……」
「将来を案じて試されている、と捉えることもできますね」
真顔でパキン、と固まった。うう、さつき先輩、やっぱりわたしのこと……。
「粗相をすれば一巻の終わりかもしれません」
「あわわわわ……」
「なーんて。冗談です」
「…………は、はい?」
頬がヒクヒクと引きつった。じ、冗談? あのさつき先輩が冗談んんん!?
「単純に期待度が高いのだと思います。『スジがいい』と以前おっしゃられていたでしょう? マサミ先生はそういう方です。あなたの素質をお見抜きになって、それで選ばれたのだと、私は思います」
ひ、え、え……?
「それにこういったイザコザがあってから自ら茶道部に『戻りたい』と主張したのもあなたが初めてのこと。その点も評価されたのかもしれません。単なる『千菊くん目当て』ではなく、純粋に茶道と向き合っている、と判断されたのでしょう」
純粋に、茶道と……。
「不安なところは私や千菊くんが納得いくまでお教えしますし、千菊くんはあなたを全面的に支えます」
だから安心なさい。
「…………は、はいっ!」
まさかこんなことになるなんて。
そして『その日』は、ななんと、この時点でもう二週間後に迫っていた。
マァンマミーア!
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