第三十話 勝負してみる!?

「大学教授のお父様!?」

「う、うん。すごいよね」


 翌朝の通学路でマヨに話すとそんな大きなリアクションを返された。


「それにしてもまさかスズママが知ってたとはねぇ」

「わたしもびっくりだよ」


 だけど結局どこに住んでるだとか詳しいことはわからなかったんだ。


「でもその話だと、やっぱり龍崎先輩と結ばれるにはマサミ先生に見初められるしかないってことなんだ」


「……ええ? 見初められるもなにも、さつき先輩が許嫁なんだから」

「いやそれでもさ」


 ピン、と立てたマヨの人差し指がわたしの鼻先へと向く。


「マサミ先生が『跡継ぎに相応しい』って思ったら、誰にでもチャンスはある、ってことじゃないの? 当然、スズにも」


「……へ?」


 なにをおっしゃるのか。


「勝負してみる? さつき先輩と」

「む、むりむりむりむりっ!」


 絶対勝ち目なしだよっ!


「でも龍崎先輩はきっと応援してくれるよ?」

「それでも無理だよ!」


 あんなパーフェクトな人になにで挑んでも完敗だよ絶対! ジャンケンすら勝てる気がしない!


「ええー? ここで勝負しないとクライマックスの盛り上がりシーンにならないじゃんっ!」

「知らないよそんなの!」


「その必要はないよ」


 言い合うわたしたちの間を割るのは、マヨが「ひょええええええっ!」と大声で叫んでから泡を噴いて卒倒するほど驚く存在の人だった。


「り、龍崎先輩っ!?」


「おはよう。スズちゃんと……ああ、大丈夫? 根岸さん」


 本当に気絶してしまったマヨは龍崎先輩の親衛隊さんたち(久々の登場だね?)が「お任せくださいっ」と手際よく運んでいった。えええ……。


「大丈夫だよ。彼女たちは慣れてるから安心して。あとで保健室に行けば会えるよ」


「は……はあ」


「それよりさつきさんのことだけど」

「えっ」

「許嫁の約束を解消することになったんだ」


 な。な、な!?


「なんで……ですか?」


 そら、と背中が寒くなる。だってそれって、たぶんわたしのせい、だよね?


「母とケンカをしたんだ。はじめて」

「えっ!?」

「この際親子の縁を切ってもいいと思っていたんだけど。さすがにそこまではしなかったよ」


 え。え、え? 先輩!?


「ど、どうしていきなりそんなことに!?」

「どうしてって……それはやっぱり、スズちゃんと再会したから、かな」

「へ……」


「僕を変えたのは、間違いなくスズちゃんの存在だよ」


 先輩は夏の朝日の木漏れ日に眩しく照らされながら微笑んでわたしを見ていた。向こうの木でツクツクボウシが鳴き始める。


「春からひとり暮らしをすることになった。父に協力してもらって、家を出て、母と距離をおくことにしたんだ」


「距離を……」

「そう。それで僕は僕の人生を生きる」


 今度は前を向いたまま見せるその横顔は、一皮剥けたみたいでなんだかとても凛々しくかっこよかった。


「僕が母に申し出たのもあるけど、さつきさんからも許嫁を降りたい、と言われていたんだ。僕がスズちゃんに告白していたところに居合わせたからね。無理もない」


「い、いいんですか」

「いいんだ」


 濃い夏空のもと、先輩は爽やかに微笑んでいた。


「彼女も呪縛に悩まされていた。だから、これでいいんだよ」


 そうして立ち止まると、すらりと美しい所作で先輩はわたしのほうを向く。


 ふわん、と熱のある夏風が通り抜けた。ツクツクボウシの声が際立ち、やんだ。



「まだスズちゃんの気持ちを聞かせてもらっていなかったね?」



 先輩はまっすぐな瞳でわたしを見ていた。



「改めて言わせてもらうけど。スズちゃん。もし迷惑でなければ──」

「メイワクなんかじゃないですっ!」


 言葉が飛び出すように口から出たのは、ずっと言いたいと思ってたことだから。


 頬が熱くなるのに耐えながら、なんとか言葉を探して、つむぎ出す。


「全然、メイワクなんかじゃなくて。わ、わたしっ、龍崎先輩に……お菊ちゃんに『好き』って言ってもらえて、すごく、すごく、嬉しかった……んですっ」


 言いながら、そっか、とわかった。


 わたし、龍崎先輩のことが好き。

 その龍崎先輩と『一緒に』茶道がしたい。


 だから嫌だったんだ。

 先輩がわたしじゃない『誰か』と結婚するのが。そして『お役御免』とばかりに、先輩が茶道の世界から追い出されてしまうのが。



 A.先輩も茶道も両方好きで、失いたくない気持ち。



「わたし、龍崎先輩と、ずっと一緒にいたい。ずっと一緒に、茶道をやりたいですっ……!」


 ツクツクボウシが、また鳴き始めた。


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