第二十八話 9月で引退!?

「合宿中の、あまりに突然のことだったから。もしかして部員間でなにかあったんじゃないか、と」


「い、いえ、なにも……」


 答えると先生は数秒わたしを見つめて、それから「そうですか」と小さく頷いた。そしてこんな話を聞かせてくれた。


「龍崎くんが入部してから、よくこういうトラブルがあって。要は龍崎くんに近づきすぎたと判断された生徒がほかの部員たちの標的になってしまう、という」


「へ」と答えながら、ぞくりと寒気がした。

「わ、わたしはちがいます」


 慌てて否定をすると「そう?」と先生は小首を傾げた。


 さつき先輩とマサミ先生がわたしのことをどう思ってるかは正直わかんない。でも少なくとも、マヨ、ポウちゃん、やよいちゃん……にはたまに睨まれちゃうけど、それでも同学年のみんなとは仲良くやれてた。一緒にいて『楽しい』ってちゃんと思えてた。


 それから、茶道も。


 ちゃんと、好きになってた。『友達に連れられて』っていう始まりだったけど、それでもわたしは龍崎先輩のお陰でちゃんと茶道と出会って、向き合って、「もっと上達したい」って「もっとよく知りたい」って、本気で思ってたんだ。


 だから本当は、まだまだ全然足りなくて。

 もっも、もっと、部活がしたかった。


 うん、したかったんだよ、わたしは。


 みんなと。

 龍崎先輩と。

 茶道がしたかったんだよ。


 先生に、それを言ってもいいかな。

 それとも、やっぱり『本音』は言っちゃいけない?


「あら? 西尾さん……?」


 目の前の先生の顔が、ぐんにゃり歪んでゆく。溢れる気持ちが雫となって、熱くなったわたしの頬を掠めて、ぽたた、と床に落ちた。


 涙が出たら、つられるように言葉も出た。


「せんせ……」


 ぎゅ、とわたしの冷えた手が握られた。マヨだった。


 力が湧く気がした。

 言おう。言ってもいい。


「わた……し、……ほんとは」


 龍崎先輩のそばにいたい。

 みんなと部活がしたい。


 もっと笑って、もっと学んで、もっと、もっと、中学生活を楽しみたい!



「辞めたくない…………っ!」



 こらえ切れなくなって、両手で顔をおおってわんわん泣いた。マヨがぎゅう、と抱きしめてよしよししてくれたから、ギリギリで立っていられた。


 気づけば先生も立ち上がってわたしをよしよししてくれていた。


「よく言ったね」


 囁くように褒めてもらった。



「どの道龍崎くんたち三年生は9月で引退だから。先生としても……こんなこと言ったら悪いけど、ほっとしてる。彼らの存在はほかの部員に影響を与え過ぎるから」


「ああ、そうか」とマヨがつぶやくように言う。わたしも同じ気持ちだった。


 三年生は引退なんだ。


「宇治原 さつきさんも。彼女、龍崎くんの許嫁でしょう? 一年生の春にそれを公表して、『部内恋愛禁止』の規則を掲げ、当時30名もいた新入部員を3名にまで減らしてしまったの」


「ひ……す、すごい」

 もはや武勇伝じゃ?


「さすがに驚いて当時は私もさつきさんと話をしたのだけれど、『静かに茶道に打ち込むためです』とのことで」


 すごく様子が目に浮かぶセリフだった。


「悪気はないのよね。だけど少し厳し過ぎるところがあるから」


 マヨとともにこくこくと頷く。


「西尾さんの復帰はなるべくすぐに叶うように努めます。だから安心して」


 そう微笑む安藤先生は全然『お飾り』なんかじゃなかった。ちゃんと部員たちのことを見ていて、いつも心配してくれてたんだ。


 そのことに気がつくと、心がほう、と温かくなった。



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