第二十三話 どうして!?
*
旅館を出てお母さんの車に乗ったら涙が止まらなくなってしまった。後部座席でずっと泣いた。辛くて、足よりも心が痛くて、わんわん泣いた。
やがて疲れてただぼうっと流れる景色を眺めた。するとふいに泣き腫れた自分の顔がガラス窓に写るから、嫌で急いで膝に視線を落とす。
お母さんがわたしに訊いたのは「晩ごはんなにがいい?」だけで、わたしは「レトルトカレーでいい」と小さく答えた。
なにも考えられない気がしていた。けど、それじゃダメかな、とぼんやり思った。
わたしはちゃんと今日あったことを思い出して、考えないといけない。そう思った。
・どうして捻挫したんだった?
・そのあとなにがあったんだった?
・龍崎先輩からなにを言われた?
・わたしはどうなった?
・わたしはどうしたい?
家に着いてカレーを食べ終えると、お風呂に浸かって髪を乾かして、そして部屋でひとり、ベッドに腰掛けた。
一度整理しよう。
そうして、思い出す。
『お菊ちゃん』の姿の龍崎先輩。その頬を叩いたマサミ先生。それから。
──スズちゃんが好きだ。
「……」
ごろん、とベッドに寝転んだ。天井は白くて、電気は丸かった。
Q.その時主人公のスズはどう思いましたか。
国語の読解テストみたいに問うてみる。答えは?
どうだろうな。そりゃ、びっくりしたよ。だけど嬉しかった、よね。あと、戸惑った。それから『ダメだよ』とも……思った、かな?
だって、許嫁のさつき先輩がいるんだから。
──西尾さんにとっては『迷惑』なの。
「…………ん」
だからこれは、ちがう。
Q.その時主人公のスズはどう思いましたか?
✕ 迷惑な気持ち。
○ 嬉しい気持ち。
寝そべっていた体をゆっくりと起こす。
龍崎先輩にちゃんと伝えたいな、と思った。『迷惑』なんかじゃないです、『嬉しい』です、って。
デモソレハ カナワナイヨ
ダッテ サドウブ ヤメタジャン
はっとした。
──西尾さんには茶道部を退部していただきます。
ああ、そうだ。そうだった。
わたしはもう、茶道部じゃないんだ。
もうあの部室に入れないんだ。
もう龍崎先輩と会えないんだ。
またじわりと目が潤んでしまう。
どうしてこんなに悲しいの?
どうして茶道部に居続けたいって思うの?
それは先輩のことが好きだから。
茶道のことが、好きだから。
龍崎先輩に会いたい。
茶道部に、戻りたい。
龍崎先輩が一生懸命やってる『茶道』を、わたしももっと知りたい。できるようになりたい。本気でそう思ってた。
こんなにも心の底からから「そうしたい」って思ったことって、たぶんこれまでない。
離れてから気がついても遅い。でも、離れた今だから気がついたのかもしれない。
──スズちゃん、ないしょの話しよっか。
──えー、なぁに? ふふ、くすぐったいよぅ。
──スズちゃん、だいすき。
──ひゃはっ! なんてなんて?
──だいすき。
──んふふふふ〜。スズもだいすき!
お菊ちゃん。
お菊ちゃん。
「お菊ちゃん…………」
人生でいちばん泣いた夜だと思う。
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