第十八話 重くないですか!?

 ええと。歩けなくなってしまったわたしはなんと現在、龍崎先輩に……お姫様抱っこをされております。ひいいいいいい!


「スズちゃん。旅館まで送りたいけど、僕はこちらの彩音あやね嬢と行動を共にしなくてはならないんだ」


 そう言う龍崎先輩に当然「わかりました! 大丈夫、なんとか自力で帰ります」と拳を作ってこくこく頷いたのだけど、「そうはさせられないよ」と作った拳を抑えられた。はひ……?


 そうして、今の格好に至る。


 周りから見たら美しい着物姿の女性が制服姿のチンチクリンの女の子をお姫様抱っこしてる図になる。しかも小学生を連れて。なにそれ、意味不明すぎるよ?


「お、重くないですか……?」

 お昼食べすぎたしな、と反省しきりだった。


「軽いよ。全然余裕」


 先輩は『お菊ちゃん』の顔なのにたくましく微笑んだ。京都の夏空をバックに見るその絶景を前に、わたしは【美しさは性別を超える】という名言を胸に刻んだ。


「お姉ちゃん、お菊ちゃんの彼女なん?」

「ひ!? そ、そういうわけじゃ!」


 無邪気な質問に慌てて返す。先輩は「ふ」と小さく笑うだけだった。


「彩音嬢、いつから気づいていたの?」


 先輩に訊ねられて彩音嬢……ってことは彩音ちゃん、か。彩音ちゃんは「去年やな」と答えた。


「じぃじと、お菊ちゃんのお母さんが話すん聞いてしもたんよ。それにお菊ちゃん、パッと見はほっそいけど背も大きいし触ると身体からだムキムキやもん、さすがにわかるわ」


「それで今年はハチャメチャに試してきたわけか」

 苦笑する先輩に彩音ちゃんは「そ」と笑顔で返した。


 聞けばわざと足を踏んでみたり、つねったり、くすぐったりしてなんとか声を出させようとしてきたらしい。そのくらいならまだかわいかったけど、しまいには屋敷から逃げ出して「捕まえてみ」と全力疾走したんだって。……うわあ、なかなかのお転婆お嬢様だねぇ。


「どないしたら『男』さらすかな、って。せやから今年はめえーっちゃ楽しかったわ」


「イケズだな」

「んふふ」


「……あの」


 なんとなく訊ねられそうな雰囲気だったから思い切って発言してみた。


「先輩、なんでその……『お菊ちゃん』の格好をしてるんですか?」


 すると先輩は「ふ」とまた美しく微笑んで「仕事のようなものかな」と答えた。


「彩音嬢のお爺様は母の遠縁の親戚にあたるんだ。その人が僕の点てるお茶をとても気に入ってくださって。毎年夏と冬にこうして京都まで来させていただくんだ」


 う……? その言い方だとなんか、合宿のほうが『ついで』みたいですね?


「男性の格好じゃダメ……なんですか?」

「ダメだね」


 即答されて、彩音ちゃんの手前それ以上は聞けなくなった。


 と、思ったのに。


「ほんまは嫌やねんけど、って言うたったらええのに」


 ええ!? まさか彩音ちゃんがそんなことを言うなんて!


 先輩はまた「ふ」と笑う。


「嫌ではないよ」

「うそや」


「お爺様が喜んでくださるんだから」

「じぃじ、ただの変人やん。部屋じゅうお人形さんだらけで、ウチ怖ぁてかなわん」


 ずいぶん大人びてるんだな、彩音ちゃんって。


「彩音嬢、お爺様の悪口はよして」

「喋れるんなら嫌なことは嫌ってちゃんと言わなあかんよ、お菊ちゃん」


 すると先輩はまた例の困ったような笑顔を見せた。



 ほどなくしてバス停に着いて乗車した。乗り合った乗客さんはわたしたちを、おもにわたしを抱える龍崎先輩を見て一瞬ギョッとした顔をした。そ、そうだよね。さすがに車内ではお姫様抱っこから降ろしてもらった。


 そうして数分。バスは旅館の最寄りのバス停に到着した。


「あ、あの、もう降ろしてもらって大丈夫ですからっ」


 バスを降りてまたお姫様抱っこをしようとする龍崎先輩を全力でお断りする。いくらなんでも真夏の炎天下にこんなの、しかも着物姿でなんて過酷すぎるもん。


 それでも「いいから」と聞かない。んん、結構頑固なんだなぁ。


 と、思ったその時だった。


「なにをしているの? 千菊さん」


 ぼんやりした昼下がりの空気をびっ、と裂くような尖った声。途端に龍崎先輩の身体が硬くこわばるのがわかった。わたしを抱く手に、じり、と力が入るのを感じる。


「……お母さん」


 マサミ先生のことをそう呼ぶ龍崎先輩を見たのは、これが初めてだった。




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