第十七話 間一髪!?

「せんぱああああいっ」


 後ろ姿に声をかけても反応はない。無視されてるのかも。会っても人違いのふりをされちゃうかも。


 でも。でも『その人』は。

 間違いなくそうだもん。


 だったら、こう呼ぶよ。


「お菊ちゃんっ!」


 ぴくり、とその歩みが止まった。

 そしてその人はゆっくり、すらり、とこちらを振り返る。


 チリン。また幻聴。

 どうしてかスローモーションに見えた。


 ごくり。

 なんて美しい人なんだろう。

 ぞっとするほど、綺麗だった。


 その整った顔が「あ」と発する。


「…………へ?」


 見とれていたから、というわけじゃない。ただ、追いかけることに集中しすぎていたのと、京都の街に慣れていなかったのが原因だとは思う。



「危な────!」

 ────キキィッ!



 間一髪、とはこういうことを言う。



「い……ったぁ……」


 横倒しになったわたしの身体からだの下に、艶やかな着物の生地があった。


 わたしは咄嗟に駆けつけたお菊ちゃんに転げるように抱きしめられて、車に跳ねられずに済んだんだ。


 艶やかな着物に包まれたその身は、しっかりと硬くて、やっぱり男の人のものだった。


「大丈夫!? スズちゃん、怪我、ない?」

「ひっ、せんぱい……」


 う、わわ。いけない! わたしのせいで綺麗なお着物が台無し。砂埃もたくさん付いて、これってクリーニングとか出せるのかな!?


「す、すみませんっ! だだっ、大丈夫ですっ」


 慌てて立ち上がるとズキン、と右足が痛んだ。ひいい、立てない!? たまらずよろけると「無理しないで」と手を掴まれてそして、「あ、あの……」


「無事でよかったぁ」


 ぎゅう、と痛いくらいに抱きしめられてしまった。


「あ……ああのあの、先輩」

「スズちゃんがいなくなったら、僕は生きていけないよ」


 な、なに言ってます!?


「無事で、ほんとによかった。スズちゃん」


 んん。助けてもらってなんなんだけど、顔と声がやっぱりミスマッチすぎて……。


「ほーらな。お菊ちゃん、やっぱり喋れるやん」


 そんな中突如として横から入った声に、わたしと先輩は揃って振り向いた。


「ふふん。やあっと本性さらしたなぁ」


 そこにいたのは先程先輩の前を走っていた女の子だった。麦わら帽子に三つ編みのおさげ、水色のワンピース。小麦色に灼けた肌にくりくりした目がかわいい、小学校低学年くらいの子。


「ウチ知っててん。お菊ちゃんが男やってこと」


 ニヤリとしながら発する、どこかトゲのあるその言葉にわたしまでドキリとした。



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