第十話 イイ茄子漬け!?

 翌朝は遅刻マンのはずのマヨがわたしより先に橋のふもとにいた。


「お……おはよう。早いね」

「また龍崎先輩にスズを取られたらダメだと思ってね」


 言いながらキョロキョロと辺りを見回す。先輩を探してるの? それとも親衛隊さんのほう?


「で。昨日は? どこまでいったの?」

「ぶっほあっ」


 いきなり変なことを言うからたまらず咳き込んだ。


「な……なにそれ、どこってどこ!?」

「え、それ言わせる!?」


 や、やめれ、まったく……。


「告白されたりしなかった?」

「しないよ」


「じゃあなんで呼び出されたの」

「ええ……? だから『お詫び』だってば。手紙にもそう書いてあったでしょ」


 するとマヨは黙って宙を睨んだ。そして、ぶん、と音を鳴らす勢いでこちらを向く。


「ウソだね!」

「う、ウソじゃないよ……」


 本当にただお抹茶をいただいて、片付けをして道具のことを教わって、そして入部宣言をして二人で帰っただけだもん。


 や、やましいことなんてなにひとつないよ?


 なにを意識したのか真っ赤なハートのヘアピンを付けたマヨは「ふうん?」とまだ疑わしげにこちらを見てくるけど、真実はひとつだよ。



 そんなこんな。あっという間に二度目の部活の日がやってきた。龍崎先輩には「いつでも来ていい」と言われたものの、やっぱりあそこの敷居はわたしには超絶に高くて。ちょっとやそっとじゃまたげないわけでして。


 結局あれから一度も自主練には行かなかった。それでも龍崎先輩が朝にわたしを待ち伏せすることもなかったし、親衛隊さんに追われたり囲まれたりすることもなく。意外にも平穏に生活できていたんだ。


 今日までは。



「部活動の前にわたくしから全部員にお話があります」


 挨拶のあと、すら、と手を挙げたのは、やよいちゃんのお姉さん、副部長のさつき先輩だった。


「今日から一年生の新入部員を迎えての部活動となりますので。改めて部の規則について確認しておきます」


 部員は三年生が部長副部長を含めて3名。二年生は全員女子で4名、そして一年生がヤヨイちゃん、ポウちゃん、そしてマヨとわたしの4名。総勢11名だった。


「まず部活動は毎週火曜と金曜の週に二度。部の掛け持ちは自由ですので、そちらの都合での欠席は認められます。ですが、毎月第2金曜だけは『マサミ先生』のご指導日となるためできるだけ茶道部を優先させてください」


「ハイ!」と先輩たちの声が揃って、おお、と思う。運動部みたいだ。そういえばよく日に焼けている先輩も何人かいる。運動部と掛け持ちの人もいるのかも。


「それと……昨年度に引き続き今年度も『部内恋愛』は原則禁止となります」


 誰からともなく視線がチラチラとわたしに向く。えええ。ちょっ……ち、ちがいますよ!?


「西尾さんは関係ありません」

「ひぇ!?」


 そう言ったのは意外にもさつき先輩だった。そしてその視線はわたしからある一点へと移る。


千菊せんぎくくん。あなたに言っているの」


 矢を射るように鋭くその視線が刺したのは部室の隅で茶器を磨いていた龍崎先輩だった。


「おや。なんのことかな?」


 名指しされた龍崎先輩はどこか優雅に微笑むと、こと、と茶器を丁寧に置いてゆっくりとさつき先輩のもとへと歩みよる。う。歩くだけで優雅なのなんで。


「部長の僕が部の風紀を乱すわけないでしょう。この二年余り、常に許嫁いいなずけであるキミの隣にいながら指一本さえ触れてないのに」


 やんわりと微笑む龍崎先輩を、さつき先輩はギロリと睨むように見上げた。


「え、えっえっ?」


 驚愕、混乱の声を上げたのはマヨだ。


「いっ、いいい、イイ茄子漬けっ!?」

 いや、許嫁っ!


 そっか。この前やよいちゃんがわたしにやたらと厳しく言っていたのはお姉さんであるさつき先輩が許嫁だからだったんだ。


「……とにかく。規則は厳守でお願いします。違反を確認したら、場合によっては退部となりますので。たとえ部長であってもです」


 ハイっ! と今度は一年生も一緒に返事をした。いやいや、こんな完璧なる『許嫁』がいて張り合おうなんて思うわけないよ。


 そうしていよいよ、今年度の茶道部は始まった。




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