第九話 特別扱い!?

 二人で道具を洗って拭いて片付けて、先輩はその名前や使い方を詳しく教えてくれた。


「誘ったからには責任もってちゃんと教えないとね」


 そうするうちに気まずさや気恥しさはなくなって、わたしは茶道について学ぶこの時間を「たのしい」と感じ始めていた。うん、たのしい。茶道、奥深くて、たのしいかも。先輩がカッコイイからとかそんなのじゃなくて。関係なくて。純粋に茶道に惹かれた。


 アリだ。茶道部。

 茶道部で青春。うん、アリ!


「先輩はよく自主練してるんですか?」


 訊ねてみると「ああ、基本的には毎日いるよ」と。


「え、毎日、ですか」


 驚いて言うと「まあね」と笑った。


「ひとりでですか?」

 ひとりでもできなくはないんだろうけど。


「水曜はさつきさんも来るよ。けど基本的にはひとりかな」


 すると「スズちゃんなら」とその顔をこちらに向けた。


「来てもいいよ。好きな時にいつでも」


 嬉しい、とは少しちがった。なんというか、先輩のその言い方が、まるで「ほかの人にはダメって言ってるけど」という意味を持つような気がして。


「……あの」

「ん」


「あ、その。わ、わたしだけ、特別扱いは、しないでくださいね、ええと、その。よく思わない人もいると思うし……」


 やよいちゃんの顔を浮かべた、わけじゃないけど。


 すると先輩は「まあ……そうだねぇ」と軽く笑って改めて、というようにこちらを向いた。


「スズちゃんが部内や校内で居心地悪くなるようなことには絶対にさせない。ただ、『特別扱いするな』と言われても、それはちょっと無理かな」


「えっ……」


「だってスズちゃんは────

 ──ピーンポーンパーンポーン


『下校の時刻になりました。校舎内にいる生徒はすみやかに下校してください。繰り返します……』


 先輩は窓から射す夕日に照らされながら「ふふっ」と美しく笑って言いかけた言葉をしまうと代わりに「帰ろうか」と言った。


 なにを言いかけたの? ……まさかね?



 オレンジ色と白、そして薄桃色のグラデーションの空の下を、並んで歩く。思えば今日は登校も下校も先輩と一緒だ。


 また誰かに見られてなにか言われたりしないかな。親衛隊さんたちがいるからもう大丈夫なのかな。ってことは今も見られてる?


 ば、と抜き打ちで振り返ってみようかと思ったところだった。


「スズちゃん」

「は、はいっ」


「入部、する気になった?」

「あ……ええと」

「まだ迷ってる?」


 本当のホントのところ、茶道にはとっても興味が湧いた。だけど一点だけ気になる、といえば、その……。すっごく言いづらいんですけど、あのその。龍崎先輩の存在、でして。


 何度も言うけど、わたしは平穏に青春したいの。

 そこに『王子様』は必要ないのです。


 もちろんもちろん、お菊ちゃんと再会できたのはほんとおーうに嬉しいよ? でもでもっ! こんなに『大変な人』になってちゃ、ね……。


 でも楽しかったな……。


 あれ、それは『茶道を学ぶこと』が? それとも、『お菊ちゃんと過ごす時間』が?


 ん……? 『どっちも』……?


「スズちゃん?」

「ん、と……」


 イケメンや王子様には興味ない。どちらかといえば遠慮したい。


 だけど『龍崎先輩』という人はどうかな。


 嫌い……なわけないよね?

 だって『大好きな人』だったんだから。


 『お菊ちゃんと茶道部』。それだったらすごくやりたい。絶対たのしいもん。


 ……そっか。


 男の子だった、とか、王子様だった、とか、そんなの関係ないよ。


 茶道が、やりたい。

 お菊ちゃんと一緒にやりたい。


「わたし……」


 隣のその人を見上げる。桔梗色の夕空に染まるその瞳は、少し不安げで、だけどとても澄んでいた。


「入部、します!」


 途端に喜びが弾けるような笑顔になって、龍崎先輩は「ありがとう!」とわたしの手を取った。


「ぎやぁっ!?」


 いっ、いきなり手なんか握ってくるからっ!

 龍崎先輩はそんなわたしには全然気づいていないみたいで上機嫌でまた歩き出す。もううう。


「よかった。スズちゃん。茶道部、個性的な人が多いけど楽しいよ。夏には京都合宿もあるし、秋は文化祭で活躍できるしね」


「京都合宿……?」

「そう。二泊三日の夏合宿。『合宿』なんて、いかにも青春って感じじゃない?」


「青春! いいですね!」


 笑顔で頷き合って、その後も部活のことをいろいろと教えてもらって分かれ道で「また明日」と手を振った。



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