二席目 目覚めたらお抹茶は魅力

第八話 殺す気ですか!?

 ドアを開ける前に、そうっとガラスを覗く。制服姿の人がちらと見えて、ドキリとして引っ込んだ。


 やめろわたし。ドキリとするな。


 お菊ちゃんだ。そう、お菊ちゃんと遊んでいた頃を思い出そう。


 毎週会えるのが楽しみで。会えたらもう嬉しくて、駆け寄って、毎回ぎゅうう、と抱きついてたような。


 ……え? だ、抱きついてた!?

 あの龍崎先輩に!?


 ぷっしゅううう、と顔から煙が立って、たまらず廊下のその場にうずくまった。


 くそう……。こんな詐欺ってナイ。


 いや、落ち着こう? 落ち着こうぜわたし。

 わたしはべつに、龍崎先輩のこと好きじゃないべ? ナイよね? うん、ナイ。ナイナイ。


 イケメンとか王子様とか、ほんっとーおうに興味なかったわけだし。恋愛とかお付き合いとかに憧れさえもしてない。


 そう。そうなんだよ。


 ただ部活で「青春うえーい」ってできればそれでよくて。だから。


「なんで入って来ないの?」

「ひがあああっ!」


 このタイミングで現れるとか殺す気ですか!


「す、すすすみませんっ。なんか、ええと、どうしたらいいかわかんなくなっちゃって!」


 龍崎先輩は「どうもしなくていいよ。部活外だし、気軽に」と笑う。


 部室内は畳とお茶の上品な香りで満ちていて、ふんわりと暖かかった。畳の上では茶釜(というのかな?)から湯気が立っている。これのおかげで部屋が暖かいのかも。


「親衛隊さんたちと会えた?」


 先輩はブレザーを脱いでカッターシャツを腕まくりしていた。白い腕に例のホクロが顔を出す。そういえば毛はぜんぜんないな。剃ってるのかな。って余計なことを考えてしまった。


「あ……ハイ。えっと……」


 親衛隊さんたちのこと、お礼を言うべきなのかな? でも頼んだわけじゃないし。というかわたしは巻き込まれたほうなわけだし。


「少なくともこれでもうややこしいことには巻き込まれないはずだよ」


「ややこしいこと……」

「悪いね。僕が目立ってしまっているから」


「や……」

 否定はできない。


「茶の湯は初めて?」

「あ……はい」


 答えると先輩は「それはいい」と微笑んで「作法はいいから」と畳の上へとわたしを誘った。


 う。正座か。じつはあんまり得意じゃない。それも茶道部から逃げようと思う理由のひとつなんだよね。


「痺れそうなら足、崩してもいいからね」


 言いながら先輩は小箱をわたしに差し出した。


「今日は干菓子ひがししかないけど。つまんでみて」

「ひがし……?」


 にっこりしてその蓋を取ってくれた。すると中にはピンクや黄色のかわいらしい小粒の和菓子が……こういうの、落雁らくがんとかっていうんだっけ?


「か、かわいい」

 ピンクは桜、黄色は蝶。とっても春らしくてかわいかった。食べるのがもったいないな、と思いながら、ぱくりと口に入れてみる。ゆっくりじんわり、甘くこっくり、溶けていく。


 そうしながら改めてしっかりと先輩の美しい所作を間近で眺めた。


 道具が、活きてる。正しく使われて、すっごく喜んでる。輝いてる。


 物に対してそんなふうに思ったのは生まれて初めてだった。


 すごい。これが『茶道』。


 先輩のひとつひとつの動きが、なんて優雅で綺麗なんだろう。『静』と『動』が、心地いい。


 音が、空気が、時間が特別になる────魔法みたいだ。


「どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 ブン、と頭を下げると、先輩は少し笑って「こうだよ」と正しいお辞儀の仕方を教えてくれた。


「両手のひらを膝の前に付いて、ハの字を作るように。そこにこうして、額を近づける」


「こう……ですか」


 ぎこちなくだけどやってみる。すると「そうそう」と言ってもらえた。


「とても綺麗だよ。スズちゃん」


 うっ……。なんっ、なんなのだ、この感覚はっ!


 お抹茶の味は思ったほど苦くなく、先ほど食べた干菓子の甘みと溶け合うようで、とても、とっても美味しかった。


「おいしい!」

 思わず言うと先輩は「よかった」と笑った。


 茶道……か。

 もういいやって正直思ってた。けど、そんなに悪くもないかもね?


 続けてみる?

 そしたらいつかわたしも、先輩みたいに上手に出来るようになるかな?


「どう。茶道に興味湧いた?」

「えっと…………はい」


 正直に答えると先輩はまた「よかった」と笑顔になった。




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