第七話 向こう側!?

 あっという間にわたしとマヨは数人の女子生徒に囲まれてしまった。上履きの色は二年生と三年生。あわわ。ひいいい! ヤバい。ほ、本気で殺されるようわあああおうううっ!


「ご、ごごご、ごめんなさい、すみませんっ。もうしません、もう絶対近づかないし、気軽に話したりしないですっ! なのでなのでっ……どうか、おお、お許しいただけませんかっ!?」


 もういい。もう、いい。茶道部もやめる。過去も忘れる。なんでも言うこと聞く。

 わたしは平穏に暮らしたいんだ。王子様なんかと関わりたくない。普通の中学生として、普通に学校に通いたいんだ。だから


「西尾 スズさん」


 代表っぽい三年生の赤ぶちメガネの先輩が半歩詰めてわたしを呼んだ。逃げ場はない。マヨの憐れむような表情が視界の端に入った。



「あなたを、おまもりします」



「…………へぇ?」


 わけがわからないのですが?


「『せんさま』から直々にご依頼がありました。私たち『千さま親衛隊』は、全力をもって、西尾 スズさん、あなたをお護りします!」


 ……え。えええええ。


「い、いや、あの」

「遠慮は無用です。あなたは『選ばれたお方』。堂々となさい。茶道部の人たちにも話は通してあります。退部する必要はないです」


 開いた口が塞がらなかった。

 なんなのさ。これは。


 わたしの『平穏な中学生生活』はいずこへ……?


 それから親衛隊さんはついでのように「それと根岸さん。千さまから『今朝はごめんね☆』との伝言です」とマヨに事務的に告げてあっさりと去っていった。




「はああああ…………」


 こんなにも疲れた一日は生まれて初めてだった。文字通り『目が回った』。ふらふらする足取りで、マヨとともに下駄箱へ向かう。


 保健室でひとやすみしたほうがいい気もしたけど、実際校内はまだ危険が多い。というか落ち着かない。だからとにかく早く帰ったほうが身のためだ。


 王子様?

 親衛隊?


 もうなに。わけのわからん三文字熟語でわたしの頭の中はぐちゃぐちゃだった。


「スズ、大丈夫?」


「大丈夫なわけない……」


「にしてもさすが『お抹茶王子』だよね、『親衛隊』だなんて」


 言いながらマヨが自分の靴箱から靴を取る。わたしも続いて自分の靴に手を伸ばす────ん?


「なにこれ」

「ん?」


 折りたたまれたメモ紙だった。


【スズちゃん。今日のお詫びに一服ご馳走します。部室にいるから。ひとりでおいで。  龍崎】



 驚くほどの達筆だった。……ってそこじゃない!


「うわぁお」

「ひいいい」


 感嘆したのはマヨで、悲鳴を上げたのはわたし。


「なんで喜ばないの?」

「喜ばないよっ!」


 アナタ今日ノワタシノ災難知テルヨネ!?


「やだよ、だって龍崎先輩に関わるとロクなことないもん……」


「でももう親衛隊さんたちが護ってくれるわけでしょ? それならノープロブレム。なんの心配もないじゃん」


「そうかも、だけど……」


「ていうか無視したらしたで親衛隊さんにシメられるんじゃない?」


「へ」


 そのほうがこわいよ? ってマジ顔やめて。


「……マヨは、嫌じゃない?」


 訊ねてみると、「なにが?」とケロリと返された。


「や……だってマヨ、龍崎先輩のこと好きでしょう?」


 すると親友は「うーん」と宙を眺める。短い前髪が良く似合う、くせ毛のショートヘア。日によって替わるヘアピンがどれもかわいいチャーミングな子。ちなみに今日は金色の八分音符。


「ま、そうだったけど、そうでもなくなった、というか」


「え。好きじゃなくなったの?」

「……って言うとそれもちがうんだけど。なんてぇのかな、『目の保養』って、わかる?」


「目の保養……」

「そう。見るだけで満足! たまに話して大満足! みたいな」


「付き合いたいってわけじゃないんだ?」

「あー、ないかな。少なくともあんまり想像できないよ。あの人の隣に自分がいるとか」


「あ……その気持ちは、わかる」

 近づくほどに格差を実感する、というか。


 するとマヨは「なに言ってんの」とこちらを向いた。


「スズは『向こう側』だよ」

「はぇ?」


 数秒止まって、いや、いや、いや、と後ずさった。まさか。わたしが『向こう側』? 有り得ない!


「ね。わたし、『主人公の親友役』もらえる?」


 うきうきと訊ねるマヨの言葉に目を見開いた。

「な、やめてよ」


「とにかく。行っておいで! んであとで全部聞かせてよね! んじゃ!」


 春風より速く、新緑の外へとマヨは駆け出した。わたしをひとり、下駄箱にのこして。



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