第六話 ちがうからね!?

 内緒話とか、ムズムズしちゃう。

 あとさっきから周りがなんだか静かにうるさい。「ひゃあ」とか「はあ?」とかヒソヒソ。こ、こわいのですが。


「あ、あの、先輩。さっきから誰か、というか、数人に付いてこられてません?」


 抜き打ちで、ぱ、と振り向くと、ささ、と数人が物陰に隠れる。でも制服がチラ見えしてますよ……? もちろんわたしたちと同じ制服の女子生徒。


「ああ、親衛隊さんだよ」


 あっさり答えるけど、

「なんですかそれは」


「なにって……そのままの意味だと思うけど」


 言って先輩は物陰に潜む女子生徒たちに「おはよう」と手を振って微笑んだ。


 えっ、何人か倒れたっぽいですけど大丈夫ですか!? 先生呼びます?


「それより話の続き」


 先輩は楽しそうに言うとわたしの耳の高さまで屈んで口元にその手を添えた。


 途端に「あ、懐かしい」と思う。

 お菊ちゃんと遊んでいた頃、よくこうして『内緒話』をしていた。部屋には二人きりだったのに、耳元でこそこそ言い合うのがこそばゆくて、おもしろくて。内容まではほとんど記憶にないけど。


 そのことを龍崎先輩に言おうと思ったところだった。


「スズちゃんは僕の初恋なんだ」


 じんわり溶けるような、甘く低い声。あの頃のお菊ちゃんのかわいい声と、ぜんぜんちがって驚いた。


 いや、声音こわねに驚いたんじゃない。


 内容に驚いたんだ。


「えっ……」


 校門のところで、わたしは銅像みたいにカチン、と固まった。数秒して、やっと口が動いた。


「かっ」


 先輩は「?」という顔をする。


「か……からかわないでくださいっ」


 ばっこん、と思い切り殴りたい衝動に駆られたけどこのお美しいお相手にそんなことできるわけもなく、わたしはただただ首をぶんぶん横に振った。熱い。暑すぎる。地球温暖化が深刻だ! うおあああああっ!


 龍崎先輩は「くはは」と無邪気に笑って、「信じないんだ」と独り言みたいにつぶやいた。その瞳がちょっと寂しげに見えて、また戸惑った。



 案の定というか。

 学校に着いてからが大変だった。


 まずは宇治原さん……えっと、お姉さんと区別するために『やよいちゃん』と呼ぶことにしたんだけど……。


「西尾さんっ! 茶道部は部内恋愛禁止ですよ!? それも入部早々部長をそそのかすだなんて前代未聞です!」


 教室に入るなり鬼の形相でそんなことを言いながら壁際まで追い詰めてきた。ひ、こわいこわい、こわいよっ。


「お、おお、落ち着いて、誤解だよ、やよいちゃん……」


「なにが!」

「り、龍崎先輩から誘ってきたんだよう」


 これは親衛隊さんが証言してくれるんじゃないかな?


「はあ? 夢でも見ながら登校なさったの?」


 おお、さすがにひどくないか。


「疑うなら先輩本人に聞いてみてよ。それに恋愛とか、ぜんぜんそんなんじゃないからっ」


「龍崎先輩からの申し出だなんて有り得ません! 第一、龍崎先輩には許嫁いいなずけがしかとおりますから!」


「……へ」

 イ、イイナズケ……? イイ茄子漬け? いや、それってつまり『婚約者』ってこと? ええええ!?


「とにかく! このことは諸先輩方にも報告させていただきます。厳正なる審議のうえ、あなたの処遇は決まるでしょう」


「だから、ちがうのにぃ……」



 お次は10分遅刻してきたご立腹のマヨだった。いや、すっぽかしたことは謝るけど。


「いないから。家まで行ったら『とっくに出た』って言われるし。で、学校ついたらこの騒ぎじゃん? なに。スズも龍崎先輩狙いだったの? 言わないでこういう抜け駆けとか、ちょっと悲しいんだが」


 目が。目が血走ってます、マヨさんっ!


「ひいいい! ぜんっぜんちがうからっ! ぜんっぜんちがうから落ち着いて? 一個ずつ、一個ずつ話すから。ね、信じて。信じてようううう」


 もはや泣く勢いで縋り付くと、マヨは「んん」と唸るように答えて「わかった」と渋々応じてくれた。ほぅ……。


 それからもほかの学年の女子生徒に睨まれたり、なぜか担任や生活指導の先生に立て続けに呼び出されたりと午前中だけでわたしはもうへとへとになった。風が吹いたらたぶんひらひら~と飛んで行ってしまいそうだよ。


 ああ。そうだね。飛んで行きたいかも。どこまでも遠くの、遥か異国の地まで。ああ〜れえ~。ウェア、イズ、ヒアー?



 昼休み、渡り廊下の外れの木陰。


「────てなわけでありました」

「ふむ……」


 今朝の一部始終をマヨに話した。もちろん、先輩の過去の姿や初恋とか言われた話は秘密にしたけど。


「つまりスズと龍崎先輩は『幼なじみ』だった、ってことになるの?」


「おさっ!? ……うー、まあ、なるっちゃ、なるのかな」


 事実としてどうこう、よりも正直もう関わりたくないって気持ちが強くなっていた。


 だって代償があまりに大きいんだもん。このまま龍崎先輩の近くにいたんじゃわたしの平穏な中学生ライフは絶対にやって来ない。っていうかそもそもわたしは王子様とかそーいうのにホントに興味ないわけだし、『お抹茶王子』とか、もう勘弁! っていうのがホンネ。うう、このままじゃホントにいつか誰かに殺されそうだもんっ。


 この関係をたとえ『幼なじみ』と言えたとしても、現在『王子様』である先輩とのお近づきは庶民のわたしにはむりだ。危険すぎる。デンジャラス……。


 と、その時だった。


「あ。ここにいた!」

「みっちゃん先輩、いました!」

「了解! 逃げられないように包囲して!」

「ハイ!」

「こちらOKですっ」

「こちらもOKです」


 うわわわわっ! な、なになに、なんですか!?




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