第五話 なんでいるんですか!?

 さて……。この事実を、マヨにも告げるべきか、隠すべきか。


 でも龍崎先輩のほうはたぶん、わたしがあの時遊んでた子だって気づいたよね? だったらやっぱり秘密にはしておけないか。


 でも女の子の姿だったってことまで話すべき? うーん。


 そもそもなんで龍崎先輩は女の子の姿をしてたんだろう。お母さんも詳しくは知らないみたいだったし、そしたらもう誰にも聞けないや。


 ……本人以外には。


「おはよう。スズちゃん」


「ひがっ!?」


 な、ななな! なんで家の近所の橋のふもとに龍崎先輩が!?


 先輩はわたしの動揺なんかぜんぜん気にせずに「ん? おはよう」と繰り返す。今日は昨日のような和服姿じゃなくてみんなと同じ制服姿だ。……当たり前か。


 慌てて「お、おおおはようございますっ」と頭を下げた。


「話したいことがあって。待ち伏せしてみた」


 ふふん、と笑う口元がやっぱり昨日の画像の『お菊ちゃん』だった。脳では理解しても、心が追いつけないというか、納得できない、というか。


 通り過ぎてゆくほかの女子生徒たちがチラチラ見てくる。さすがは『お抹茶王子』。そうでなくてもこの人はスターなオーラがあるからみーんな振り向くらしい。……ってなにそれ、マンガですか?


「行こう?」と手を差し伸べられて慌てて「や、でも」と答える。だってここはマヨとの待ち合わせ場所なんだもん。まあいつも遅刻ギリギリまで来ないけど。


「遅刻するよ?」

「でもマヨが……」


「ああ根岸さんね。できればスズちゃんと二人きりで話したいんだ」


「え」とその顔を見ると、さわ、と春の風が先輩の髪を柔らかに揺らした。


「行こう。根岸さんには僕からもあとであやまるよ」

「え……と」

「ね」

「……は、はい」


 なんだ……。

 なんだよこの、


 少女マンガ的展開は……!

(よく知らないけどねっ)



「ていうかスズちゃん、わかってる? 僕を」


 高い身長から見下ろすそれは心配そうな眼差しだった。


「あ……はい、ええと。昨日、母から聞きました」


 並んで歩き出しながら答える。周りの視線が痛い。ヒソヒソ声が気になる。マズイ。マズイよね、こんなの。


 だってわたし、ちがうのにいいいい! 全然、そんな、仲良しってわけでもナイし、まして彼氏彼女なわけもナイ! 天地天明に誓って、ナイ! 


 ナイ! ナイ! ナイのにっ!


「へえ。思い出してくれたのにそんな他人行儀なんだ」

「へっ」


 思わぬ発言にその顔を見上げる。すると先輩もこちらを見下ろしていた。優しく微笑む整った目、鼻、口。ありゃ、わたし、なんで顔が熱いの。


「『お菊ちゃん』って、呼んでくれないの?」


 ドッキン!

 いや、いや、いや……。


「よっ、呼べないですよ、そんな!」


 慌ててぶんぶんと顔を振り乱すと「はは」と笑われた。


「すっかり女の子っぽくなって。調子が狂うなぁ」


 それはそちらこそな!

 っていうか完全に女の子だと思ってたんだから絶対にこっちの衝撃のほうが大きいですよ!?


「せ、先輩こそ。あのその……なんていうか」


 なんと言えばいいのでしょうか。


「ああ。女の子みたいだったこと?」


 あっさり言って「ふ」とお菊ちゃんの顔で笑った。


「はい。ていうかわたし……ほんとうに女の子だと思ってました」


 遠慮がちにボソボソ言うと、先輩は一瞬キョトンとしてから「くっははは!」と楽しそうに笑った。


「そうか。それは衝撃だったね」

「ハイ。かなり」


 なんだろうな。オタマジャクシがカエルの子だって初めて発見した人の気持ちかも。


「スズちゃんはなんで茶道部に?」

「あ……じつはまだ入るって決めたわけじゃなくて、ですね」


 そう。まだ仮入部期間ではある。


「え」

「え……と」


 さわ、とまた風が抜けた。公園の桜の木の葉っぱがちらちらと朝日に照りながら揺れる。


「マヨに……友達に強引に連れて来られて、その、流されてっていうか」


「入部してよ」


「え」


「『旅は道連れ』って言うじゃない。こうなったのもなにかのえん。僕はスズちゃんと部活がしたい」


「ひぇ…………な、なんで」

 なんでそんなにまっすぐこっちを見るのですか!? それもそんなくもりなきまなこでっ!


「せっかく再会できたんだから」

「それは、……わたしも嬉しかったですけど」


 まさか男の子だなんて思ってませんでしたけど。


「ああそうだ。僕の昔のことは、なるべく他人ひとには言わないでほしいんだ」


「え……」

 昔のこと、って、女の子の姿だったってこと?


 ちょうど赤信号で足が止まる。大きなトラックがごうごう鳴りながらわたしたちの前を横切って行った。


「口止めされてるんだ。母から。僕のあれを知ってるのは学校ではさつきさんとスズちゃんだけだから。よろしく」


 驚きつつも、こくり、と頷いて返した。先輩は「どうもありがとう」と笑って「お礼にひとつ秘密を明かそう」と言い出した。


「な、なんですか」

「耳を貸して」


「え…………と」



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