第四話 そんなはずなくない!?
*
遠い日の記憶。
まだ小学校にも入ってなかった頃。
お母さんがなにかの習い事をしてて。
わたしはいつも付いていってた。
「ここで待っててね」
言われたそこは小さな和室。わたしよりも少し大きい女の子がいた。たぶんその子もお母さんを待ってたんだと思う。
「え、ここにホクロがあるの? スズも同じとこにあるよ!」
初めて話したのは、たぶんそんなこと。
その子は色が白くって、スラリとした美人さんだった。なによりいつも着物を着てるのが大人っぽくてすっごくステキで。整った顔に切りそろえられた黒髪、
名前は……なんだったかなぁ。
その子、はじめは澄ました雰囲気で話しかけづらかったけど、勇気出して話してみたらとっても楽しい子だった。
「おりがみしよ。スズちゃんなに折れる?」
「うーん、ひこうき」
「ひこうき! いい! やろやろ」
子どもはわたしたちだけだったから自然とどんどん仲良くなった。
「おあーっ! 当たる当たるってば! うはは! やったな! しかえし!」
「うわ、いま見た!? 一回転した!」
ビュンビュン紙ひこうきを飛ばしてたら、そりゃ障子戸に刺さるよね。
「あ……」と一瞬二人で固まってから、先にくつくつ笑い出したのはその子のほうだった。
刺さったままの紙ひこうきをすぽっと抜いて「内緒にしとこ」って人差し指を鼻先に立てて小さく笑った。それから覗き見大会が始まって「うるさい」って叱られて結局穴はバレたんだけど。
毎週のように会って遊んだ。そうしてわたしたちは姉妹みたいにずっとそのまま大きくなっていく気がしていた。
だけどある日。
「スズ。お母さん、お仕事に復帰することになったんだ」
よくわからなくて、へえ。と答えただけだった。けど、それはわたしの生活もめまぐるしく変わる大きな出来事だった。
幼稚園から、保育園へ。お母さんは長く続けていた習い事もあっさり辞めちゃった。
以来、その子とは会えなくなった。
小学生になってからも、しばらくはあの美しい着物姿をふいに思い出しては胸がぎゅう、と寂しく痛んだ。
美人のその子はわたしの憧れだった。ずっとその背中を追いかけてたいって思ってたのに。
*
だけどいつの間にか、そんなことももうすっかり忘れてたんだ。
今日までは。
──ここのところにホクロがあるんじゃない?
でもなんで?
だって龍崎先輩は……。
男の人、だよね?
「スズおかえり。どうだった? 入学二日目の中学校は」
帰るとお母さんがお昼ご飯の支度をしていた。
「あ、うん」
「吹奏楽部、入れた? 楽器決まった?」
そうか、そうするつもりって話してたんだった。
「うーんと。いろいろあって。やっぱり茶道部に入ることになったんだよね」
カバンを置きながら答えると、お母さんは「へえ」と目を丸くした。
「じゃあ
え……。
懐かしいよね。
大きくなってたでしょう?
かなりカッコよかったんじゃない?
ま、待って待って。
プリーズ、ウエイト、マイマーザァ!
「お……お母さん、龍崎先輩のこと、なんで知ってるの!?」
震える声で訊ねると、お母さんは「はあ?」と首を傾げた。
「なに言ってんの。スズ、大の仲良しだったじゃない」
忘れちゃった? とスマホを操作する。
「ほら」と見せられた画面には、あの日の和服美人と幼いわたしが仲良く写っていた。
「ほんと美人だったよね。千菊くん。本物の女の子よりもかわいかったもん」
え。え……。
ええええええええっ!?
もう中三だもんね、どんなふうになってた? もしかしてめっちゃんこイケメンなんじゃない? あーん、お母さんも会いたいわぁ。
ごめんだけど返事は全然できなかった。わたしの目線はもうスマホに釘付けだったから。
「──お
つぶやくように、口が動いた。動いてから、ああそうだ、と記憶が甦る。
「『お菊ちゃん』だ……」
やっとスマホから離れた目線は宛もなく宙をさまよう。待って。待ってね? え。は? つまり、あの日の『お菊ちゃん』が、今日の『龍崎先輩』ってことなの……? いや、いや待って。そんなはずなくない? だって。
「そんなはずなくない!?」
思わず大声を出すと、お母さんは一瞬キョトンとしてから、「うふふ」と笑った。
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