第4話

大学三年生になっても渚子と祐次の関係は変わらず、私達は同じ学年の人なら誰もが知るカップルとなっていた。


ただ三年生になると全ての講義を一緒にする事は出来ず、私と祐次は別々に行動する事も多くなり、週末のデートの回数は半分以下に減った。


回数が減ったって中身の濃さで勝負よね!

と言いながら不安な気持ちが無いとは言い切れ無い自分がいた。

今まで仲良く来れたのは多分祐次の誠実な性格が大きいと思う。

恋愛とは本当に情け無い自分を露呈させる。恋愛を知らなかった時はまさか自分がこんな不安な気持ちを抱くとは想像出来なかった。

小説や漫画アニメ映画に触れていれば幸せだったし、不安に感じる事も無かった。

ネガティブな考えを一掃するべく、デートが減った事で出来た時間を大学一年生の時からコツコツ書いて来た小説の続きを書く事に充てて一気に書き上げた。


120話で構成された作品は、その年の富談社(ふだんしゃ)ネット小説ライトミステリー部門で新人賞を取った。

賞を取ったその小説は、富談社のアプリで掲載する事が決まった。


ネット小説は出版社や契約によってアップの仕方が異なるが、最初の五話ほどは無料で読む事が出来、後は毎日一話ずつ無料公開される方式が多い。


まずはお試しの形だ。


最初に校閲の終わった四十話ほどが一気アップされているので、無料話を読み終えて、その先を読みたい人は一話50円ほどで購入して読める仕組みだ。


四十一話目以降はアップされるまでは買う事も読む事は出来ないが、アップされるのを待てば毎日一話ずつ無料で読めるのにプラスして、30秒程度のネット広告を視聴する事で、更に三話ほど追加で無料で読む事が出来る。


この広告収入も、出版社との契約で利益は還元される。


九十一話目からは待っても無料にはなら無い。

そこからは購入した人のみが読む事が出来る。


富談社との交渉によって利益は契約のパーセンテージで作者に配分される仕組みだ。


平凡で流されやすい私が、自分自身で人生を切り拓いた気持ちになり特別な人間になった気がした。

今まで生きて来た中で一番の幸せを実感し多くの他人に認めてもらえる不思議な多幸感を得た。

この多幸感で恋愛の不安定な心も落ち着いていた。




ネットに二十話目が無料公開された翌日、富談社の担当者から連絡が来た。


ネットで公開するのと同時に、書籍化(書店やア◯ゾン等で販売する紙ベースの本)して見ないかと持ちかけられた。


ネットでの評判がとても良かったからだと説明された。


祐次や家族に相談した。

みんな「チャンスは逃すな。」と即答で後押ししてくれた。


富談社の会議室で打合せをする事になり、大学の講義が午前しか無い日を指定し担当者と会う事になった。


打合せは富談社の本社でする事になった。

最初は1時間以上時間に余裕を持って出かけた。

何故なら私は目も当てられないくらいの方向音痴だからだ。


それでやっと待ち合わせ時間ギリギリに到着出来た。スマホが無かったら到達する事は出来なかったかもしれない。

生まれて来たのが現代で良かったなとつくづくそう思った。


担当者は男性で名刺を差し出して来た。


「名取さん、この度はよろしくお願いします。担当の富井です。」


「初めまして名取 渚子です。何も分かっていませんが、色々教えて下さい。よろしくお願いします。」


名刺には

富井 海留(とみい かいる)

富談社 編集部 開発化部門

と書かれていた。


海留

「私もネット公開途中での書籍化は初めてなんです。

書籍化だけなら何度か手掛けているんですが。

力を合わせて、より良い物を作って行きましょう。


実は私まだ大学生でして、ここは親戚の会社で高校生の時から手伝ってるんです。

力不足で頼りないかもしれませんが、精一杯尽力しますので、よろしくお願いしますね。」


渚子

「えっ、そ、そうなんですか?

よろしくお願いします。

お若いとはお見受けしましたが、まさか大学生とは。

私は三年生ですが、富井さんは何年生なんですか?」


海留

「同い年で三年生です。名取さんのプロフィールは確認済みです。ハハハ


受賞作品は既に完成に近い物ですので、特に内容については校閲さえしっかりすれば完璧だと思っています。


後は挿絵や表紙のデザインですね。要望が有れば先にお聞きしますし、どの場面の挿絵にするか考えておいて下さい。

絵の好みもあると思いますし、この絵師さんがいいって要望も多少なら融通出来ます。」


富井は濃紺のスーツがよく似合う嫌味の無い、とても爽やかな人だった。

しかも、祐次とはタイプは違うがイケメンだった。


それからは週に一、二度のペースで打合せを重ねた。


祐次とは週に一度会えるかどうかまでデートの回数は減ってしまったが、本の発売を楽しみにしてくれている。

良い結果を報告出来る様に頑張って見よう。


富談社はJR新宿駅から歩いて10分くらいの場所にある。

26階建のビルの23階24階25階のフロアが富談社の専有だ。


私が打合せに行くのはいつも24階の会議室だ。


今日は金曜日で大学の講義を16時30分まで受けた後、満員の電車に乗り込み新宿駅で降り急ぎ足で富談社向かった。


家路に付く人、週末の飲み会なのかそれともデートなのか待ち合わせをしている人、立ち止まって携帯を覗いている人、大きな旅行カバンを持って右往左往する人、まだ仕事をしている人、これから夜の仕事に就く人、様々の人で金曜日の夕方の新宿駅周辺は人と車でごった返していた。


夕方に打合せをするのは初めてだったので、普段はそこまで人通りがあるのを見た事が無く少し驚いた。


道順を覚えたとは言え、人の間を上手く縫って歩く事が出来ず遅刻しそうだ。


なんとか富談社の入っているビルに辿り着き、入り口から入った。


ICカードをかざしてゲートをくぐると、正面にエレベーターホールがある。


三機あるエレベーターは1階で降りる人と地下で降りる人で満員だった。


暫く待って、地下から上って来るエレベーターには2、3人しか乗っていなかった。


24階に着く頃にはエレベーターには私一人になっていた。

会議室はエレベーターを降りた左手にある。


会議室のドアをノックすると中から富井の声で「はいどうぞ。」聞こえた。


既に富井は机の上の資料を見ていた。


「すみません。遅れました本日もよろしくお願いします。」


「こんばんは。大丈夫です。気を楽にして下さいね。


名取さんは家からも学校からも電車で1本で我が社にアクセスいいので、甘えちゃって来てもらってます。

こっちこそすみません。


今日は印刷前の最終チェックですが、既に完成形に近いので、心配はしていませんが。


専門の人の目をちゃんと通してあるので、本文の誤字脱字揺れ等は無いと思います。


本文では無いですが、プロフィールやあとがきの所は名取さんの意見が一番大事ですから、そこだけはよく見て欲しいです。


名取さんの意向に沿ってサンプルを作って見ました。


書籍化すると三部作になる予定です。

まずは一巻目だけですが、完成品に近いサンプルを作って見ました。手に取って見て下さい。


確認箇所は三箇所挿絵を入れる頁の確認と、表紙のデザイン素材質感、ジャケット(ブックカバー)のデザイン、帯の文言キャッチコピー、扉や全体的な色和えと栞の色等、ご希望で揃えたつもりですが、違和感あれば言って下さい。」


「はい」


時間かかりそうだな。頑張って早く終わらせよう。


明日は祐次の誕生日なんだよね。

午前中にプレゼントを買って、ケーキは手作りは時間も腕も無いし諦めて、ケーキ屋さんに頼ろう。


プレゼントとケーキを持って午後アパートに行こう。


今回は賞金もあるし来月からは印税が入って来る予定だし奮発出来る。


私は心の中で幸せなシミュレーションに胸を馳せた。



富井

「あ、ご飯の時間過ぎちゃいましたね。すみません。

私が適当にコンビニで買って来ますね。」


夢中でチェックをしていると既に20時を回っていた。


「ありがとうございます。」


富井が買って来た焼肉弁当と豚カツ弁当、それと生春巻きと緑茶だった。

 

富井

「お弁当どっちがいいですか?私はこれどっちも好物なんでどっち選んでもらっても恨みません。ハハハ」


私は焼肉弁当にした。

自宅通学の私はコンビニのお弁当を食べる事はほとんど無い。

先入観でコンビニのお弁当は美味しく無いと思っていたが、本格的なタレに柔らかいお肉でとっても美味しかった。

生春巻きも中のエビがプリプリでこれもまた美味しかった。


食事中は富井の大学にいるカエル好きの教授の話とか、ミスコンで男なのに優勝した同級生の話とか、面白い話題ばかりで腹筋が痛くなった。


食事終えて、既に確認し終わったプロフィールをぼんやり見ていた。


ショコラ


これが私のペンネームだ。



売れるといいな、少しでも人の記憶に残るといいな、色々な気持ちが湧き上がって胸が熱くなった。


富井

「お疲れ様でした。遅くなってすみません。駅まで送りますね。」


時計は既に10時を回っていた。


「あー大丈夫です。道分かってますしまだ人通りも多いだろうし。」


「でも夜はこの辺りでもガラが悪い人がウロつく事もあるんで、大先生に万一の事があっては困りますので送らせて下さい。」


「大先生なんてアハハ、ありがとうございます。

それではお言葉に甘えて、よろしくお願いします。」


「私もこのまま帰るので荷物持って来ますね。一階のエレベーターの前にベンチがあるので、そこで待っていてくれますか?」


「分かりました。」


二人は会議室を後にしてエレベーターに乗った。

富談社の入っているビルはまだ新しい。

エレベーターはガラス張りになっていて、新宿副都心が一望出来る。

街の明かりがまるで色とりどりの宝石の様に見えた。


富井は23階で降り、私は1階で降りた。


エレベーターホールの前ベンチに腰掛けて、祐次にライムを送った。


《こんばんは♪明日午後家にいる?アパート行ってもいいかな?》


既読も付かないし、気が付いてないのかな?まさかもう寝ちゃってる?

まー明日朝までに返事もらえたら、シミュレーション通りにすればいいし。

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シュナイザー帝国の秘密 ショコお @momotanbo

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