第3話

ショコラはそんな暮らしを約2年続け9歳になっていた。


そしてあいも変わらず、カイヤ、アキノ、ロビーのイジメは続いていた。


体が大きくなれば食欲も増し、いよいよ土日の空腹は辛さを増した。


どうしても空腹で眠れない時、みんなが寝静まった真夜中に、一階の厨房に忍び込み残り物を探す事が多くなっていた。


厨房にある残り物で一番の好物は食パンだ。

お腹が最高潮に空いている時に、食パンに棚に常時置いてある蜂蜜をたらして食べると、顎の付け根がツーンと痛くなる。

それでもモグモグと咀嚼するとほっぺが落ちてしまうくらい美味しい。


部屋で食べるよりも数倍も美味しく感じるのは不思議な事だ。


そうやって厨房での夜中の楽しみが終わると、静かに静かに階段を上り北の間帰って眠りに就くと、いつもよりグッスリ眠れた。





ここ2年ショコラは公爵家の家族に会う事はほとんど無かった。


食事は部屋で取っていたし、お風呂も時間が決まっていて出会う事は無かった。


ごくたまに、お風呂の行き帰りや、書庫への行き帰りに遠目に見るくらいだった。


私はい無い者として扱われているのだろう。

それならそれでいいかと思う自分がいる。


でもそれって生きている価値があるのかと言う疑問もある。

会話もたまにマリノとするくらいで、このままどうなってしまうのか不安になる。


深く考えてもまだまだ幼い私にはどうする事も出来なかった。




可哀想なショコラ。

曲にも公爵令嬢なのに、メイド流イジメを受け、ご飯も食べられない時があり、暴力まで振るわれている。

しかも9歳になっても教育はされず、勉強といえば自力で書庫の本を読むくらいだ。


一体どうなってしまうのか、心配で眠れない!

(作者心の声)


そんなある土曜日の夜中、いつもの様に厨房へ残り物を漁りに行く途中、階段を下りる私の頭上を灯りが照らした。


「何してるんだ?こんな夜更けに。」


厨房を漁るのはやはり疚しい事ととらえていたショコラは、飛び上がるほど驚いた。

そして実際飛び上がった。

飛び上がったつま先がもつれ、階段の中伏から頭から真っ逆さまに落ちた。


頭から落ちると体が反転して、階段の上から声を掛けた人物の顔がスローモーションの様にはっきり見えた。


それはランタンを持った父のヨーネスだった。

ヨーネスの若草色の瞳がこぼれ落ちそうなぐらいに飛び出ている。大きく口を開いて言葉にならない言葉を叫んでいた。


あれ?これ既視感。


こんな光景以前にも・・・


なんだったっけ・・・


そこでショコラの記憶は途絶えた。





私の名前は名取 渚子(ナトリ ショコ)

私はごく普通の女子大生だ。


私は東京郊外のまだ新しい一戸建に家族と一緒に住んでいる。

家族構成は、中堅の薬品会社の中間職をしている父、近所のスーパーのレジでパートをしている母、と私の三人暮らしだ。

要するに一人っ子である。


父親の仕事の都合で、転勤転勤を繰り返し、親しい友達が一人もいない・・・いや、転勤の所為では無いかな。

自分から打ち解け様と努力した事が無い。

友達がいない事を悲しいとか寂しいとか思った事が無いし、不都合を感じた事が無かった。


高校入学と同時に親が都内に家を建てた。

しかし友達と言える友達は出来なかった。

東京と言っても郊外だが、東京は多趣味な人の嗜好を満足させてくれる様々なイベントや常設のお店に、電車に乗れば1時間前後で連れて行ってくれる。

ここに住む特権の一つだ。

親元を離れる時が来ても私は東京から離れたくは無いと思っている。


高校三年生になり自発的に大学に行きたいわけでは無かったが、中流の家では普通に進学するのが当然だとの進路として、大学への道が用意されていた。


特になりたいものも無く将来を決めるのを先延ばしにする程度の考えで、実家から通える都内の文系大学に進学した。

バイトは高校生からやっていたが、万一大学生になって一人暮らしとなれば学業・家事・バイトを全てこなさなけれならない。

そんな選択は1ミリも考え無い甘い考え一択で決めた大学だ。


そして予想通り大学生活やバイトの時間を差し引いても自由な時間を余るほど持てた。

私はその時間を小説を書く事と、家族にも誰にも言えない腐女子活動にバイト収入の大半を費やしていた。

腐女子活動は中学生からの密かな楽しみで、富談社が扱っている漫画やノベルをネットにアップしたアプリ《フーテン》のBL作品上位100位以内はもちろん漫画、小説、作風に関わらずアップされたらまずは読んで見た。

それだけでは無くジャ◯プやマ◯ジン、シリ◯スなどの漫画本に掲載されている漫画も大好きだし、少女漫画も大好きだ。

好きな物はコミックで揃えている。

こう言うのを二次元オタクと言うのなら、私は二次元オタクなのだろう。


作品として素晴らしい順は、小説>漫画>アニメ>映画だと勝手に位置付けている。

あくまでも勝手な順位なのでお間違え無く。

自分の想像力が最大になるのはやっぱり小説だ。

勝手な想像力でどこまでも情景が広がるのが楽しい。


私は最後まで読んでいない作品の批判は絶対にしない、最後まで読んだ人のみがその権利を与えられると言う自論を持っているからだ。

だからと言って最後まで読んでも批判はした事は無い。

批判はしないが他人の評価に関わらず、好き嫌いは必ずあるのは気付いた。

この人間の曖昧な好き嫌いの感情には、順序立てて説明が出来ない部分が多い。

そんな曖昧な感情で人様の作品を批判は出来ないと、これも勝手に自分ルールを行使している。


好きな作品を求めてコミケやイベントにも足を運ぶこともあった。

BLは紙ベースの物はなるべく家に持ち込ま無いルールを設けていたが、紙ベースしか発行していない好きな書き手さんの物だけはカバーを付けて本棚に並べていた。

本を手に取り読み返す事は、スマホを通して見るのとはまた違う脳を刺激して私の密かな楽しみだった。


恋愛経験が無いのに偉そうに言うのは私自身も可笑しいとは認識しているが、BL作品の良さは純愛と欲望と隠さないと行けない緊張感やかけ引きの面白さの一つだ。

色々な設定があるからそれが全てでは無いが。

これはハマった人にしか理解出来ない部分かもしれない。

言い訳をするつもりは無いが、私の性的嗜好はごく普通では無いかなと思っている。

それが証明される未来が来るとはこの時はまだ知る由も無かった。


ほとんどの大学生はこの1年間から6年間(場合によってはもっと長い人もいるかもしれない)の間に彼女彼氏が出来るのが極々普通の事である様だが、まさか自分にそんな日が来るとは思って見なかった。


私は入学式の会場で偶然隣同士になったのがきっかけで、彼(本郷 祐次 ホンゴウ ユウジ)と知り合った。


祐次は純日本人なのにも関わらず、彫りが深く、髪は薄い茶色、瞳は陽の光を浴びるとブルーに見えた。

人間内面といつも思っていたのに、まずは祐次の見た目に惹かれてしまった事と曖昧な感情に支配されて行く自分に驚いた。


私と祐次はオリエンテーションで同じカリキュラムを組み、講義がある時は隣同士で学び、学食で一緒にお昼を食べた。


祐次は書く事も好きだが仕事とするなら出版社等で校閲、校正や編集等の書く人を助ける方に進みたいから、もし私が小説を書くなら二人三脚で良い物が作れそうだねと言ってくれた彼に益々惹かれた。


私は特に勉強が出来る方では無かった。

でも祐次と出会ってからは、勉強熱心な彼につられて勉強嫌いな私でも真面目に講義に出ている事もあり、成績は安定して上位を維持出来た。


この頃週末のデートは勉強も兼ねて私の家と彼のアパートを行き来していた。


だから家にも何度も連れて来た。


初めて家に連れて来た時は、

「おじゃまします。」と言って玄関に立つ祐次を見て母は暫く立ち尽くし

「どこのアイドルが来たかと思ったわ!ゆっくりして行ってね。渚子やったね」

親指を立ててイケメン眼福と言いながら喜んでいた。


一人暮らしの彼は、母の作る特徴の無い料理も美味しい美味しいと食べてくれるので、母はいよいよ舞い上がった。

単身赴任でここには今居ない父の為に買ってあった靴下やキーケースをお礼だからだと言って押し付けるあり様だ。


渚子

「お母さん、祐次がどうしたらいいか困ってるじゃん。」

「そんな事無いよね祐次君。

こんな物はいくつ有ったって邪魔にならないんだから。

遠慮なんかしないで持って行ってね。」

祐次

「ありがとうございます。お母さん?」

「まーお母さんだなんて。ウフフお母さんでいいよいいよ。」

渚子

「もーお母さん変な笑いしないで。

祐次、遠慮は要らないけど我慢もしなくていいからね。

私達もう出掛けるから。」


同じ様な会話を何度した事か。


祐次は私の家に何度も遊びに来て両親にも会っているが、私は彼の家族には会った事は無かった。

祐次の実家は愛知県で日帰りが出来ない距離では無いのに、彼は夏休みもお正月も全く実家に帰らなかった。

理由を聞いて見たが明確な答えは無く、なんと無く帰るのが億劫だと言っていた。

突き詰める事も無くその疑問は忙しい毎日にかき消された。

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