第5話

 「・・高校が別々になっちゃって。ほんのちょっと付き合ったんですけど、別れちゃいました」

 この場の緊張をほぐすように、言葉を並べる。

 「だから今は、新しい学校で新しい恋を見つけようかなーって感じです」

 ふふっと微笑んで、今度はしっかりと時計に目を向ける。

 「そろそろ、帰らないとですね」

 グラスの氷は、もうすっかり解けてしまっていた。


「今日は、声を掛けてくださり、ありがとうございました」

 祉湧さんは嬉しそうに、口元を緩めた。

 「こちらこそ。なんだか懐かしくて、心地良かったな」

 この人はいつでも、皆の心をあったかくするみたいだ。

 「・・嬉しかったです、幸せな思い出だって言ってもらえて」

 祉湧さんの瞳には、海棠色に染まった雲が映り込んでいた。

 「さようなら」

 軽く会釈をして、背を向ける。薫風が頬を掠めた。

 『私にとっても幸せな思い出でした』とは、言わなかった。

 心の中は澄んでいて、でも、ちょっとだけ、視界の端のひつじ雲は滲んでいた。

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リミットサイダー @kawara-nadeshiko

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