56話 同士討ち

 幕府と神隠団が協力していく上で、もう一つ処理すべき問題があった。


「幕府が支配してる妖冥はどうするんだ?」


倉橋さんがしれっと放った言葉で、僕たちはその問題を思い出す。


「まぁ、処分するほか無かろう‥」秀忠が小さくなって言う。


「それは当たり前だ。俺がしたいのは手段の話」倉橋さんが秀忠を睨む。


「まず、どれくらいの数の妖冥を保有しているんですか?」


僕が尋ねると、秀忠は「3000から4000体程度だ」と答えた。


想像よりも遥かに多い。


「そんな数、処理するのに一ヶ月はかかるぞ」冬馬殿がため息をつく。


「とりあえず、強力な妖冥を優先して処分する。残った弱い妖冥たちは徐々に減らしていけばいいだろう」義統殿が腕を組んで言った。


「しかし、一つ問題がある」秀忠は視線を落として言った。


「何だ?」冬馬殿が聞く。


「災害級妖冥の暴走によって、我々が保有していた妖冥の殆どが地下から脱走した」


その事実に、室内は一瞬で静まり返った。その静けさは、呆れる声が漏れるのを必死に抑えているような雰囲気だった。


「はぁ‥」義統殿は言葉を失っていた。


「‥申し訳ない」秀忠は視線を落とし、小さな声で言った。


「申し訳ない、じゃないんだよ!」


倉橋さんが立ち上がり、机を軽く叩いた。「その数、3000とか4000って言ってたよな?そんな数が江戸の周辺に放たれたら、どうなるかわかるだろ?」


秀忠は小さくなりながら、「も、もちろん、それは重々承知している‥」と、しどろもどろになった。


「なぜそれを今まで隠してたの?最初から話してくれたら良かったんじゃないの?」珍しく風華も怒っている様子だった。


隣で美鈴さんが苦笑しながら頷く。


「ほんとっすよ。隠しているうちに手に負えなくなった感じっすね、これ‥」


「そもそも脱走するのがおかしいだろ」琉晴が突っ込んだ。


鳴海が椅子に座り直し、頭を抱えながら言った。


「妖冥が地下から抜け出して、今どこにいるかも分からないって‥これ、幕府と手を結ぶ前よりもまずい状況じゃねえか?」


義統殿はしばらく黙っていたが、全員の呆れた表情を見て口を開いた。


「今さら責任を追求しても仕方がない。問題は、この事態をどう対処するかだ」


「我々神隠団が、江戸の町を防衛するための見回りを始める。町中を隈なく監視し、妖冥が現れれば迅速に討伐する」


義統殿の落ち着きは流石だった。


「それしかないか‥」冬馬殿がため息をつきながら同意する。


「ただ、3000体相手に毎日防衛は人手が足りないぞ」


永善殿が手元の紙をめくりながら提案する。


「神隠団の戦闘部を三つに分け、町の区画ごとに割り振る。加えて、幕府側の兵士にも協力してもらう」


「協力って‥お前ら、ちゃんと戦えるのか?」蒼真さんが眉を上げて問いかける。


「こ、こちらも可能な限りの兵を出そう」


秀忠の声にはどこか頼りなさが漂っている。


「まあいい。神隠団が主力で動くのは変わらないだろうが、少しでも役に立ってくれれば助かるよ」


蒼真さんが微笑んだ。


「では、明日より江戸の町全体を見回る防衛活動を開始する。そして強力な妖冥が現れた場合のみ、精鋭を出動させる。秀忠殿、強力な妖冥はあと何体ほど残っている?」


義統殿が言うと、秀忠は「10体前後しか残っていない」と答えた。


「わかった。では民間人への被害を最小限に抑え、妖冥を処分しよう」




      *




 久々の休暇でくつろいでいると、僕らの家の戸が強く叩かれた。


「嫌な予感がする」風華が真っ先に立ち上がり、戸を開けた。


「大変です、西の河川敷近くで妖冥同士が戦っているという目撃情報が町人から入りました。義統殿の指示で特務部隊の倉橋殿と暁班を派遣するようにと」


総務部の人が早口で言う。状況を飲み込む時間もなく、僕らはすぐに倉橋さんと合流して現場へと向かった。


「どうして妖冥同士が戦ってるんだ?」


琉晴が眉をひそめながら言った。


「さあな。ただの縄張り争いか、あるいは‥もっとややこしい理由があるのかもしれない」


倉橋さんも険しい表情をしていた。


「大量の妖冥‥きっと幕府から解放された奴らだよね。町人に被害が出る可能性も高い‥」


風華が少し不安そうに呟くと、鳴海が大太刀を肩に担ぎながら振り返った。


「だから俺たちが行くんだろ?派手に暴れる前に止めてやろうぜ」


「簡単に言うな、大勢の妖冥と一体で渡り合っている時点で間違いなく一級以上の妖冥だ。それどころか‥」


琉晴が口をつぐむ。すると、倉橋さんが話を引き継いだ。


「栄狂の手下って可能性も、大いにあるな」


僕は彼らのやり取りを聞きながら考え込んだ。




 西の河川敷近くに到着すると、異様な光景が広がっていた。


「これは‥」


目の前では、数十体の妖冥が一体の妖冥に襲いかかっていた。その一体は、人に近い大きさで赤い霧を纏った外見をしており、次々と敵を切り伏せていた。


「弦無だな、あれは」


倉橋さんが呟いた。


「栄狂の部下っていう予想は当たりましたね」


僕は言った。弦無は僕の因縁の相手でもあり、竜仙さんの仇でもある。ここで確実に仕留めたい敵だ。


「だが、あいつが妖冥を倒してるってのは妙だな」


倉橋さんは戦況を見つめている。


「野生の妖冥と弦無が戦ってるってことか?」


鳴海が確認すると、倉橋さんは頷いた。


「恐らくな。だが、どちらにせよ町に近い場所でこんな乱闘をさせるわけにはいかん」


琉晴が刀を抜き、構えながら進み出た。「どんな相手であろうと妖冥は全て敵だ」




 戦場に踏み込んだ僕たちは、すぐにその激しさに圧倒される。弦無は刀を振るい、次々と襲いかかる妖冥を切り伏せていた。その動きは人間離れしており、以前に本拠地を襲撃してきた時よりも磨きがかかっているように見えた。


「こりゃあ、俺たちが加わる余裕もなさそうだな」


鳴海が軽口をたたきながら大太刀を構える。その言葉とは裏腹に、戦闘に対する確かな気合が伺えた。


「いや、余裕がないのは向こうも同じだ」琉晴が刀の柄に手をかける。「今のうちに野生妖冥を片付けるぞ。あの数は多すぎる」


「行くぞ!」


倉橋さんの掛け声とともに、僕たちは妖冥の群れに突っ込んだ。


琉晴が先陣を切り、一閃で目の前の妖冥の首を跳ね飛ばした。


「疾雷閃華!」雷光流独自の技を使い、次の妖冥に対しても連続で攻撃を繰り出す。これまでより格段に速く、正確になっている。


鳴海もすぐ隣で大太刀を古い、炎を纏った剣筋で次々と妖冥を薙ぎ倒していく。


「熱刃砕!」


一体の妖冥を真っ二つにすると、周囲の妖冥が怯む。


「どうした、来ないのか?まだまだ燃やし足りねえぞ!」


鳴海が焚きつけるように叫ぶと、野生妖冥が咆哮を上げて襲いかかってきた。しかし、彼は焦ることなく大太刀を振り回して迎撃する。


烈火流と鳴海の相性は抜群で、集団戦では目を見張る強さを発揮していた。


「俺の後ろは任せる!」


鳴海が叫ぶと、琉晴がすぐに応じた。「わかってる!」


妖冥の攻撃を受け流しながら、琉晴は的確な反撃で仕留めていく。その動きは以前のような乱暴さがなく、剣術の精度が上がっていることを感じさせた。


 


 しかし、僕ら五人で妖冥を倒すよりも速い速度で、弦無は妖冥を斬り続けていた。


「お前ら、何のつもりだ?」


僕らの存在に気づいた弦無が言った。


「お前こそ、ここで何をしている?」倉橋さんが睨みつける。


「見ればわかるだろ、雑魚を片付けてんだよ。栄狂様の支配から外れた妖冥などこの世に必要ないからな」弦無が淡々と応えた。


「江戸の町付近でこのような真似は、俺たち神隠団が許さねえぜ」鳴海が決め顔で言うと、弦無は「俺はこの妖冥の群れを全滅させたら帰るんだよ、住民たちには被害出さねぇからいいだろ」と苛立ちながら言った。


「確かに」鳴海が顎に手を当てる。


「確かにじゃねえ」倉橋さんが鳴海の頭を軽く叩いた。「神隠団の目的は妖冥を根絶やしにすることだ。民衆に被害が出ていないとしても、お前を見逃すことはしない」


「わかったよめんどくせえな!」


弦無が倉橋さんの腹を思い切り蹴った。血を吐いて倉橋さんはこちらへ倒れ込む。


「てめぇ!」


琉晴が一瞬で距離を詰めると、疾風のごとく刀を振り下ろした。しかし、弦無はあっさりと受け流し、冷笑を浮かべる。


「そう怒るなよ。神隠団の精鋭だろうがなんだろうが、俺にかかればこんなもんだ」


弦無は再び刀を構える。その余裕たっぷりの態度に、僕は果てしない憤りを感じた。


「倉橋さん、大丈夫!?」


風華が駆け寄り、傷の具合を確認する。


「この程度でやられる俺ではねぇ‥だから俺のことは気にするな、奴をぶっ倒すぞ‥!」


倉橋さんが血を吐きながらも歯を食いしばる。


「生きて帰れると思うなよ、腐れドブ野郎」


鳴海が怒りを露わにし、弦無に向かって歩み寄る。


「お前ら全員、後悔させてやるよ」


弦無が刀を振り上げて突っ込んでくる。その動きは速く鋭いが、僕らもこれまでの戦いで培った技術全てをぶつける覚悟だった。




「隆鬼に続いて君も死んじゃうね、可哀想に」

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吹き荒れる紅葉と神隠し 葉泪秋 @hanamida

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