期末テストで負かされたい。⑤
七月の最後の登校日は終業式にテスト返却とイベントが盛りだくさんだった。
成績に自信のある生徒はすでに夏休み気分のようで、今年の夏はどこに行くだとか、部活の練習が嫌だなと先の話に興じている。しかし、理子には決してそんな余裕はなかった。
あれから何日かみんなでテスト勉強を行った。裕也とも打ち解け、気軽に質問などもできるようになり、実のある学習を行うことができた。それに家に帰ってからも復習は怠っていない。やれるだけのことはやったはずだ。しかし、どうしても勉強に関しては自信を持つことはできなかった。最終的には運否天賦次第という心持ちは変わらない。
教壇から担任の先生が一人ずつ名前を読み上げていく。呼ばれた生徒は返却されたテストを見て、感嘆や落胆の声など各々の頑張りに応じた反応を見せていた。
そんな中、理子は自分の机に肘をつきながら、両の手を前に組み、まるで司令官のような面持ちで自分の名前が呼ばれるのを待っている。とても落ち着いた様子に見えるその佇まいとは裏腹に、その実、内心ビクビクである。
それに智樹との賭けもある。智樹との戦いは総合点数での勝負だ。赤点回避と智樹との賭け。重なる戦いは理子の精神を毎時毎秒削っていく。
各教科、三十点以下を取れば赤点だ。暗記教科は問題ない。それに数学も勉強の甲斐あって、自信を持ってできたとは言えないが、三十点以下を取っていることはないだろう。
問題は現国だ。これに関しては最初の着眼点がずれていれば全て間違えてしまうような問題構成だった。漢字問題が全て正解だったとしても、文章題が全て間違っていれば赤点は必至だった。
一人、また一人と名前が呼ばれている。死刑台に登るような気分だ。
「青森ぃ」
理子より先に智樹の名前が教師から呼ばれた。
不安そうな顔で智樹が教師からプリントを受け取り――そしてガッツポーズをした。どうやら赤点は一教科もなかったらしい。第一段階クリアだ。その安心しきった顔を可愛いと思うと同時に少しムカつきもする。こちらにはまだ戦いが二個も残されているというのに。
続いて何人かの生徒が呼ばれ、
「西村ぁ」
――!!
教師の呼びかけに理子の身体が跳ねた。
思い返せば、これほどまでに緊張するテスト返却は初めてだ。高校受験のときですら、ここまで気合は入らなかったかもしれない。
受け取ったプリントを恐る恐る確認する。全教科をパラパラと確認したが、十の位が二以下の答案は見当たらない。
「よかったぁぁぁ!」
理子は心の底から安堵の声を漏らした。思いの外、大きな声が出てしまったようで、周りにいた生徒から拍手が飛んできた。決して誇れるような点数ではないため、恥ずかしくなるが、祝福してくれたことへの感謝は伝えねばならない。
「みんな、ありがと!!」
心配していた現国もふたをあけてみれば六十点と、理子にとってはかなりの高得点だった。
あとは智樹との総合得点での勝負。合計八教科。最高得点は八百点だが、この二人でそんなハイレベルな闘いにはなりえない。
理子がそれぞれの教科の点数を足していくと三百五十二点だった。理子にとってはまぁまぁな成績である。
点数が気になり、智樹の方をちらと見る。同じ考えだったようで、目が合った。
智樹が手で数字を作る。まず指を三本立ててきた。百の位が三という意味だ。まだどちらが勝つかはわからない。次に掌を見せてきた。数字の五だ。
――三百五十……一の位は? 一の位は⁉
目を見開きながら、智樹の指の動きを注視する。三以上であれば、理子の負けだ。とうとう敗北できる日が来たのか。理子の鼓動がどんどん速度を上げていく。
そんな理子に向かって智樹は指を一本立てた。一だ。
――三百五十一点……?
理子がため息を漏らす。勉強を頑張ったこと自体は本当によくやったと自分をほめてあげたいし、いついかなる時でも全力でやらないと勝負は意味がない。だがしかし――
――あと一問ぐらい正解してよ!
これほどまでにギリギリの戦いは賭けが始まって以来、初めてのことだった。
結果はいつものように理子の勝利になったが、もうあとほんのちょっと智樹が正解をしていてくれたら結果が変わったと思うと、運命を呪ってしまう。
――結果論だけどね……はぁ……! ま、でもいっか。これでまたスリーピースカードできるし……。
智樹との賭けに負けることはできなかったとはいえ、無事夏休みを迎えることができる。今はそのことを喜ぼうと思う。
「あ、そういえば……」
咲良はどうなったのだろう。最初に勉強のきっかけを与えてくれた咲良にもお礼を言っておこうと思い、座席の方を見る。その視線に気づいたようで、咲良もこちらを見てきた。理子は自分の顔の前で大きな丸を作った。
それを見た咲良も返すように大きな丸を作った。とてもいい笑顔だった。
「りこちーん! やったよー!!」
「やったねー! 勉強付き合ってくれてありがと!」
ホームルームが終わるとすぐに咲良は理子の元へと飛んできた。二人で頑張りをたたえ合う。
「これで気兼ねなく遊べるねー。あ、プール行こね! 花火しよね! パンケーキも行きたい!」
「いいね、行こ行こ! もうアタシらを止められるものはないよ!」
「最強じゃん!」
二人は抱き合いながら言いあう。容姿のいい女子二人が戯れている様は非常に絵になるようで、帰宅をしようとするクラスメイト男子たちの視線がちらちらと集まっている。
そんな中、智樹が理子に声をかけてきた。
「西村、今日どうする? 俺、娯楽屋行こうと思ってるけど」
「えー、いいな……どうしよ……」
理子は迷った。
正直、今日はスリーピースカードをやりたくて仕方ない。
このテスト期間の間、魂のデッキは鞄の奥底に封印しており、お守り代わりになっていた。一刻も早く使ってやらないと、そんなわけはないのに錆びてしまうような気がする。それに夏休みには店舗予選も控えている。このフラストレーションはカードゲームをすることでしか発散できない気がする。娯楽屋での猛者との戦いは今の理子にとって、とても魅力的な提案だった。
しかし、咲良や他の仲の良い友達とも遊びたいし、その関係も大事にしたい気持ちは大いにある。あまりカードゲームばかりしていて、他の友達をないがしろにしていると思われるのも嫌だった。
――むむむむむ……。
「俺、ちょっと明石んとこ行ってくるわ。また戻ってくる」
「あ、うん」
悩みながら智樹を見送る理子に、咲良が声をかけてきた。
「りこちん、アタシらのことをいいから。今日は青森っちと遊びなよ」
「さくら……」
「その代わり、アタシらとも夏休みちゃんと遊んでよね!」
その思いやりが心に刺さる。こんなに小さい身体なのに、その器の大きさは今の勉強から解放されたばかりの理子にとって感涙ものだった。
「うん! 絶対遊ぶ―! ありがと!」
「あとね」
「ん? なに?」
咲良が理子の耳元でささやく。
「(青森っち、めちゃくちゃ脈ありだと思うよ……)」
「は……はぁぁぁぁぁぁ⁉ なんで⁉」
「あはは! 見てたらわかるよ! りこちんかわい! またねぇ!」
そういいながら咲良は教室を後にした。後には顔を真っ赤にした理子だけがぽつんと残された。
「ごめん、お待たせ。あれ東方は?」
教室に戻ってきた智樹の顔がなんだか恥ずかしくてまともに見れなかった。
「帰ったよ」
「よかったの?」
「うん。また夏休み遊ぶしね」
「そっか。じゃ、今日もお願いします……って、どしたの? めっちゃ顔赤いけど」
「!! なんでもない! さっさと行くよ!」
そうして二人の夏休みが始まった。
勿論、二人の直接対決の戦績は今日も理子の全勝で幕を閉じた。
ギャルはオタクに負かされたい との @tenmaruuuuuu
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