第54話 戦い
「シーマさん、お待ちなさい。お客さんがいらっしゃいましたよ。それもとびっきり強い人です」
その声を聞いてシーマは慌てて兵士たちに剣を下げさせる。
集まっていた市民たちも現れたゴールドウィンに気づき、道を開けていく。毎年冬になると子どものいる家々を周り玩具やお菓子を配っている彼は有名人であり、その登場に声は出さないが皆の顔には希望の表情が浮かんでいた。
「これはこれは、ゴールドウィン卿ではありませんか。親王派の貴族には自領での待機を議会が命じたはずですよ。これは国への明らかな敵対行為です」
眼の前に現れた巨漢を前にしても動じない枢機卿。
「けっ、言ってやがれ。てめえの好きなように議会を動かしただけじゃねえか」
「ふむ。ですが、兵も引き連れずおひとりとは……。私の目論見では立ち上がって軍を動かす勇敢な貴族が複数押し寄せてくるのではないかと。ですから守りを置かず、その方たちを歓迎する配慮までさせていただいたというのに。来られたのはなんとあなたおひとりだけだとは」
「他の領主たちには動くなと俺が伝えている。どうせ罠だってな。人外のお前が一掃しちまうつもりだったんだろうが」
「人外とは失敬な。年齢不詳でバケモノのあなたに言われたくはありませんね」
「はっ、どっちがバケモノだ」
「あなたは未知の部分も多いので警戒はしていたのですが、まあ、範囲内です。なんとでもできましょう。ですが、おかしいですねぇ。後ろにいらっしゃるのはウチの聖女さまではありませんか? ねえ、カタリナさん?」
ゴールドウィンの巨体の後ろに控えていた聖女カタリナが前に出る。
「……」
彼女は何も言わずじっと枢機卿を見つめる。
「ふむ。これは驚きました。あなたはそちら側でしたか……。この私を騙し通すとは、ある意味称賛に値しますよ。ええ、ほんとうに。ということは不確定要素が加わり、わからなくなりましたね」
「ふっ、そうだろ。だったら観念して、王を解放しろ!」
「いえいえ、こちらにも都合というものがありましてですね。退くわけにはいかないのですよ。あなたたちも死にたくなければご帰宅することをおすすめします。どう頑張られたとしても私を殺すことはできませんからね。無駄な努力というものです。ちょっと気にはしていた王家の銀剣も……。残念ですが、私を倒すには力がちょっと足りませんし。おそらくこの国には私の恐れる神器級の武器は無いようですし」
そう残念そうな顔をして話す枢機卿。
「ガハハハッ! 銀剣がおめえに届かねえってか。こりゃ笑わせるぜ!」
「ん?」
突然笑い出したゴールドウィンに枢機卿は怪訝な顔をする。
「あの剣が二本あんのはおめえも知ってるな。あれの元の素材は空から降ってきたんだ。そんでよ、その金属の塊が俺に訴えかけたんだ。剣にしてくれって。でもこの星の環境じゃ力が強すぎて影響が強すぎんだと。だから二本の剣に仕上げたんだ。アン・シエル・クレールとオー・クレール・ドゥラリュンヌ。名づけたのは『星詠み』だ。両方にあるクレールってのは眩い光の明るさのことだ。二本揃って本来の光を放つんだよ」
「それが何か? シャルロッテはこんな状態で、もう一本の銀剣を持つのはか弱い小娘。ん? あなたそんなことを知っているということは……、まさか」
「さあな? 今だ、カタリナ。これまでの恨みをぶつけてやれ!」
「はい!」
聖女カタリナが両手を枢機卿へ向ける。
「何をするつもりでしょうか。私に通用する魔法がカタリナ、あなたにあるとでも?」
「ええ。ずっと隠し通してきました。およそすべての属性への耐性を持つあなたに対して有効なのがこれだと気づくのには時間が掛かりました。『悪魔』という存在でありながら聖属性すら克服してしまっているあなたに通用するのは実は『呪い』。この十数年、あなたが側にいるときを見計らって少しずつ気づかれぬようあなたの身体に刻んできました。もちろんあなたに時々呼ばれたベッドのなかでも……。殺すまでは至らなくとも動きを完全に封じることはできます!」
「なんだと!?」
枢機卿の足元に紫に光る魔法陣が出現する。そこから光が垂直に立ち上がり彼に突き刺さる。
「ぐをっ!」
完全に枢機卿の動きは封じられていた。彼は思考を巡らせあらゆる解決法を試すが効果は無かった。
『彩乃ちゃん、ヴィス! 今よ、おいきなさーい!』
「うん!」
エアリィの声に、酒場の二階から勢いよく飛び降りる彩乃とヴィス。銀剣をそれぞれ手にした二人に枢機卿も気づき驚いた表情を見せる。
「し、シーマさん。あれをなんとかしなさい!」
「い、いや……。無理です。僕はもう……、あなたに協力はできない……」
首をふりその場を動こうとしないシーマ。
「それは契約違反です。意識的に私の命令に背くことでどうなるかあなたはお分かりでしょう? 良いのですか?」
「ええ、構わないです。もう、未練はない……」
「あなたは最後まで救われない人ですね……。はあ……」
枢機卿がため息をつくと同時に、シーマの身体は光の粒子となって消えてしまった。
シーマの消失に彩乃は驚くが、突き出した銀剣の勢いはそのままヴィスのドゥラリュンヌとともに枢機卿の胸を貫いた。
「なるほど。『星詠み』はここまで視えていたということですか……。これは、参りました。完敗です……」
枢機卿を包み込む魔法陣の光が一気に強くなり彼を飲み込む。その光がおさまるとそこには彼の髪の毛一本すら残ってはいなかった。
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