第51話 王都にて
王都を囲む巨大な壁の外側。かつて『無名戦士の墓』と呼ばれたその広大な共同墓地に彩乃とヴィスを乗せた竜が降り立つ。そこに人の姿は見えない。
『我ガ手助ケスルノハ、ココマデデアル。コノ場所ヲ見ルト、人間ノ愚カサニ胸ガ痛ムノダ。人ハ我ノ想像ヲ超エ美シキモノヲ作リ出スガ、同時ニ、ゴブリン連中ト変ワラヌ醜悪サヲモ併セ持ツ。時ニ、コノ星ノ生物ノヒトツニ過ギヌノダト気ヅカサレル。ダガ我ハ、小サク頼リナキ汝ラニ期待シヨウ。我ノ愛スル存在ハ、マダマダ捨テタモノデハナイト言ウ事ヲナ』
竜はそう言い残すと、まだ夜の明けぬ空へと消えていく。二人はその大きくて優しい彼女の姿を見送ると、王都へ向けて歩き出す。
「ヴィス……」
前を歩く黒髪の少年に不安げに呟く彩乃。
「うん。心配ないよ」
振り返る彼の澄んだ瞳に彼女は吸い込まれそうになる。
――なんだろう。とても落ち着く。
ヴィスの自分を見つめる視線に耐えられなくなり慌てて目を逸らす彩乃。
「で、でも。ヴィスがお母さんから聞いたっていう、エレンミアさんの占い? それによると私たちは大きな二つの試練をこえないといけないんでしょ……」
「ああ……。占いではなく『星詠み』だね。この世界には避けることのできない大きな運命の流れというものがあるんだ。それはこの大きな星だって逆らうことはできない。ここまでその通りにエレンミアの言う未来が現実になってるんだ」
「それで、どうなっちゃうの?」
「わからない……。シャルロッテさんも結果は知らされてないんだ。ただ、これから起こることとボクとアヤノが向かうべき方向性。それを伝えられただけなんだってさ。ボクがアヤノに教えたことがすべてだよ」
「えっと……。『星の簒奪者が降ってくる。死の気配に世界は覆われ、ひとは永劫の監獄に囚われる。しかし希望はある。銀の
彩乃は紙に書いたそれを読み上げた。
「そう。シャルロッテさんからこの時間に王都の中央広場に来いって言われてる。きっとそこでみんな待ってるんじゃないかな?」
「そうね。詳しいことはお母さんに聞けばいいわよね」
「ボクもそう思うよ。あとはその作戦に従えばすべて解決さ」
彼は再び前を向き、遠く見える街を取り囲む大きな壁のほうへと歩き出す。彩乃はすっとヴィスの服の裾を握る。彼はわずかに動きを止め何かいいたげであったが、構わず歩き続ける。
「あのさ、ヴィス。私、変なこというかもだけど……。ヴィスのことずっと前から知ってるような気がするの」
「あっ! う、うん。実はボクも……」
彩乃はこの不思議な感覚の原因が彼からでてくるのを待っていたが、変わらず無言で歩き続けていく。何か考えているようなのだが、どうやら彼にも分からないらしい。彩乃が夜空を見上げるとさっきまでの満天の星は、東から明るく射し始めた陽光でもう見えない。
「まっ、いいか」
取り敢えず彩乃にはヴィスが側にいてくれたらなんとかなるんじゃないかと思った。そう思うと彼女の足取りも軽くなる気がした。
王都の周りには軍隊も、それどころか検問所の番兵さえも見あたらなかった。教皇派の仕掛けた軍事行動で街はまだ混乱しているのだろうと、二人は警戒しつつも王都への巨大な門をくぐる。
「ヴィス、あれは?」
「なんだろう……」
王都の入口から見える大きな中央広場は人で埋め尽くされているように見えた。その人混みに紛れてかき分けながら彩乃とヴィスはなんとか前へと進んでいく。人々の喧騒から、教会から何か伝達があったらしく広場に集まるよう指示があったのだというハナシを二人は耳にする。
「アヤノ、こっち!」
一旦人混みから離れたヴィスに彩乃はついていく。それは古びた建物で酒場のようだった。中は酒の強い匂い。テーブルに突っ伏して眠っている男たちの姿もあった。
「実は魔族が経営している店でね。この時間はだいたいこんな感じなのさ。あそこでひっくりかえって気持ちよさそうに眠ってるのがここの主人だ。酒場に向いてるのかいないのか……。まあ、そんなことはいいか。二階からならよく見えるはずだよ」
そういうと慣れた感じで階段を上っていくヴィス。
――さ、酒場なんて……。ヴィスって意外と大人なの? たしかひとつかふたつ年上だっけ。
以前、父の聖也が美味そうに飲んでいたビールに口をつけて酷い目に遭った彩乃には、お酒というのは大人の象徴であった。そこから勝手なヴィス周辺の妄想を膨らませる彩乃。その頬は酔ってもいないのに少し赤かった。
「よかった、だれもいない。ここは宿としても使ってるんだよ。いつもは夜のお仕事をしてるお姉さんがいるんだけど、今日はいないね」
「夜のお仕事?」
「ボクもよく知らないけど。みんな綺麗なお姉さん。男の人もいっしょにいることが多いけど、何のお仕事かは知らないよ」
「えっ、え!? それって……」
「どうしたのアヤノ?」
「い、いや。なんでもないから!」
彩乃にはヴィスがその年齢よりも幼いことがわかりホッとしたというより、そういった場所に一緒にいることのほうが彼女の心臓をドキドキさせていた。
「あっ、広場に……。えっ! そんな……」
窓の外を見るヴィスの表情が変わったのに彩乃は気づく。
「ヴィス、何が……。ああっ、お母さんが!」
そこには、縄で縛られ連れて来られる母の姿があった。
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