第50話 兄弟喧嘩か、姉妹喧嘩か。
ちょっとベッドで横になるつもりが、一瞬で彩乃は眠りに落ちる。はっと、彼女が気づいたときにはずいぶん時間が経っていたようで、窓の外はもうすっかり暗くなっていた。男の子とひとつ屋根の下なのに無警戒なことだと自分に呆れながら身体を起こす。
「せっかくの可愛いお洋服がシワになってないかしら……。ん? だ、だれ?」
部屋の隅においてある椅子に老婆が座っていた。
『あら、あなた私のことが見えるのね。まあなんて素敵なこと』
その優しい声に不思議と警戒する気持ちは彼女には起きなかった。
「も、もしかして。エレンミアさんですか?」
『うふふ。そうよ。あなた私が怖くないのかしら。いわゆる幽霊さんなのだけど』
「ええ、まあ。ヴィスからお話は聞いていましたから……」
『そう。嬉しいわね。それにその私が若い頃に着ていたその服もよく似合っているわよ。服も着てもらって喜んでいるようだわ』
「あっ、お、お借りしています!」
『いいのよ。もちろんあなたに差し上げるわ。他にも捨てるに捨てられなかったものがたくさんありますから、気に入ったものがあったらどうぞ貰ってやってくださいな』
「ありがとうございます。大切に着させていただきます」
それを聞いて老婆の表情はさらに緩む。
『お顔はシャルちゃんによく似ているけど、同じ年のころはやんちゃだったあの子とは違って礼儀正しいのね。感心、感心。ちょっとヴィスのことも心配だったから、逝くに逝けなくてここに留まっていたのだけど心配はなさそうね。これなら私も安心して……』
「ちょ、ちょっと待って。ヴィスには会わないのですか?」
『ええ。あの子には私の姿は見えませんからね。アヤノさん。あなたのその眼はとても強い力を持っています。その力をどうか自分が正しいと思うことに使ってくださいね。もう、この世界の未来はお若いあなたたちに託しても大丈夫そうね』
老婆がそう言うと、その姿は暗い闇の中に消えてしまった。
「えっ……」
――いまのは夢だったの? 違う、あれは本物のエレンミアさんに違いないわ。
彩乃は部屋を出ると、上階の天体望遠鏡の設置された研究所へ上がる。
――やっぱりいた。
そこには熱心にノートに何か書き込んでいるヴィスの姿があった。
「ヴィス。起きてたの?」
「ああ、アヤノ。いやちゃんと睡眠はとったよ。やっぱり気になってここに来ちゃうんだよ。君はよく眠れたかい?」
「うん」
「ちょうどいい。観てみる?」
彼はそういって望遠鏡のほうを見る。
「いいの?」
「例の『アンスラックス』はやはり見失ったままだけど……。今日は特にアンドロメダ銀河がはっきり見えたからね。どうぞ」
彩乃は促されて、観測用スコープを覗き込む。
「うわっ、き、綺麗!」
「でしょ。ボクも初めてみたときは感動したよ。それにこの星みたいなのが無数に集まって銀河が形成されてるってエレンミアに教わったときには、自分の悩んでたことがちっぽけに思えたよ。魔族とか人族とか……、そんな違いなんて小さいものだ」
「う、うん。そうだね」
ヴィスが魔族だということは聞いたが、彩乃が思っていたような怖い存在でもなかった。見た目は自分たちと全く変わらない人間だった。横目でヴィスを見ると真剣な顔でノートを睨んでいる。
――ちょっとかっこいいかも……。
「そうだ、アヤノ。このあと良かったら剣の訓練に付き合って欲しいんだ。いいかな?」
「へっ? う、うん、いいよ」
こちらに顔を向けたヴィスに焦る彩乃。彼女は顔が熱くなるのを感じた。
彩乃はヴィスに革製の胸当てや小手などを借りて外に出る。エアリィは『またねー』ってもうどっかに行ってしまったらしく。前もそんな感じだったと彼は言う。
「外で見上げる星も綺麗だよね」
「本当だ!」
ヴィスによれば外世界、つまり地球のから見える星の構成とほぼ同じらしく、それは外世界から来たという大人に教えてもらったということだった。彩乃は祖父の家に引っ越したときに観た夜空の感動を思い出した。
――それでもこれまで星のことなんてそんなに意識しなかったけど、もっと知りたいな。ヴィスにお願いしたら教えてくれるかな……。
「じゃあ、銀剣を呼んでくれるかな。ボクが君のお母さんから預かったドゥラリュンヌがそわそわしてるのが分かるんだ。君のクレールに会いたいってね」
「うん。その感じ私も分かる。たしか姉妹剣だったわよね。おいでクレール! きゃっ!」
銀剣アン・シエル・クレールが彩乃の手に顕現した瞬間、彼女は凄い勢いで引っ張られる。それはヴィスも同じ様で、二本の剣が激しくぶつかり合う。
「ちょ、ちょっとこれって!」
「兄弟喧嘩かよ!」
数回、強く打ち合ったあと、銀剣はおとなしくなった。
「あいさつなんだって」
「らしいね。なんか自分のほうが強いしって主張してる気がする」
「うん、ウチの子もそう言ってるみたい」
「ウチの子って……。ずいぶん古い剣のはずだけど子どもっぽいよね」
「たしかに。あっ、拗ねた」
「うん、ドゥラリュンヌも。でも、年齢にしたらいくつくらいなんだろ? 百歳? エレンミアがドワーフの王さまと若い頃に作ったって言ってたから、数千歳とか? あっ、怒った!」
「レディの年に触れちゃだめでしょ」
「そ、そうなの?」
「ふふっ」
そのあと二人は大笑いした。彩乃もヴィスもこんなに笑ったのは久しぶりな気がした。
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