第49話 もしかして『見た』?

 巨大な黒竜が深い森の一角に降り立つ。


「えっ?」 


 ヴィスが『ちょっと失礼する』と言うと彩乃を抱きかかえて竜の背から華麗に飛び降り、衝撃無く着地する。いきなりの行動に驚く彩乃だったが、眼の前にある建物のせいで抗議の声を上げるのも忘れてしまう。


「これって天文台?」


「ああ、外世界ではそんな風に言うようだね」


 ちょうど夜が明け始めるタイミングだったようで、朝日に照らされてドーム状の屋根から突き出してる望遠鏡らしきものが彩乃にもはっきり確認できた。


『我ハコノママ、ココデ休ムトシヨウ。何者ガ来タトシテモ我ガ対応スル。オマエ達モユックリスルガヨイ』


「わあっ!」


 彩乃の頭の中に直接女性の声が響いた。振り返るとドラゴンが自分たちを見下ろしている。


「いまのは、ドラゴンさんなの?」


『アア、我デアルナ。銀剣ニ認メラレシ娘ヨ。古ノ盟約ニヨリ、我ハ、ソコナ少年ヴィスノ呼ビカケニ応エシ、ヴァナヘイム大陸ノ守護竜ナリ』


「守護竜さん?」


「そうだよ。彼女は僕たち魔族だけじゃなくて、アヤノのような人族を含めたこの星の弱い存在『ヒト』を見守ってきた古竜さまなんだよ」


「へ、へえ……」


 気のせいなのかもしれないが彩乃には、ヴィスの補足説明にドラゴンの大きな瞳が優しくなったような気がした。そして同時に少し怖いと思ってしまったことを申し訳なく感じた。


『我ハ竜ノ中デモ変ワリ者故。娘ヨ、他ノ竜種ヲ見タトシテモ近ヅカヌコトヲ勧メルゾ。大概ノ者ハ人ヲ捕食対象トシカ捉エテオラヌカラノ』


――おおっ、人を食べちゃうんだ……。


「ああ、わ、私、彩乃と申します。どうぞよろしくお願いします!」


『ウム。アヤノ、宜シクデアル』


 そう言うと竜は頭を下げ地面に伏せると、すぐに眠ってしまったようである。


 

 彩乃はヴィスに促され建物の中へ入る。


「あっ、エアリィ!」


 扉を開けると広いエントランスホールを飛び回る妖精の姿があった。


『彩乃ちゃーん、おひさー!』


「帰ってたんだエアリィ」


 ヴィスも驚いた顔をしていた。彩乃は見知らぬ場所でよく知る者に再会できてホッとする。


『うふふ。なんかヴィスもすましちゃて。そうよね、こんなにカワイイ女の子と一緒だとキンチョーするよねー』


「お、おい! な、なに言ってんだよ!」


 顔を赤らめて抗議するヴィス。そんなエアリィの言葉にいろいろあり過ぎてちょっと高揚していた彩乃の頭も少し冷静になる。


――そう言えば、このヴィスくんってめちゃくちゃイケメンじゃないの? はじめ見た時は女の子かと思って……。あれ? いまの私の格好ってこれヤバくない?


 彩乃は今更ではあるが自分のベッドからでてきたままの姿に気づく。上着を羽織ってはいるものの基本、大人仕様のスケスケである。


――私、気にせず、けっこう動き回ってた? ええ、ええっ!?


「ちょっと、ヴィス。もしかして『見た』?」


「ん?」


 上着と両腕ではだけていた胸を隠しながらそういう彩乃。


「あっ、えっと……。ボクのまわりは女性が多かったし、その……。やっぱり、女の子も男とは違うんだなって……。む、胸はきっとそのうち成長……、ぐはっ!」


 顔面に彩乃の右ストレートが直撃し、倒れ込むヴィス。


「さ、最低! 変態!」


「ううっ、ご、ごめん……」


 そんな二人の上をきゃっきゃと喜んでエアリィは飛び回るのであった。



「ね、ねえ。もう怒ってないよね」


「ふんっ!」


 エアリィが見つけてきた、この建物の主である女性が若い頃に着ていたという可愛らしい洋服に彩乃の機嫌は直っていたのだが、見られたという事実は変わらなかったためヴィスに冷たい態度をとる彩乃。


「こ、これ見た目より美味しいんだよ。料理は君の着ている服の持ち主、エレンミアに教わったんだ」


 さすがに睡眠もとらずくたくたで、お腹もかなり減っていた彩乃はヴィスが作ってくれたスープを木の匙ですくい口へと運ぶ。


「う、うっま。すごく美味しいよこれ!」


「そうか、良かった」


 次々と口へ運びおかわりを要求する彩乃に満足げな表情のヴィス。


『よーし、ヴィス。彩乃ちゃんの胃袋は掴んだようだよー。これはあと一押しなのー』


「こらっ、エアリィ。な、なんてことを言うんだよ」


 大げさに感じるくらい慌てるヴィスの様子を見て、彩乃も笑う。


 食事をしながらこの建物の主だったエレンミアとヴィスとの出会いやその後のことを聞く彩乃。


「そ、そうなんだ。エレンミアさん……、素敵な人だったんだよね……。うっ、うっ」


 ヴィスは楽しかった日々のことを陽気に語ったつもりだったのだが、彩乃は感極まってぐずぐずに泣いていた。


「シャルロッテさんからは聞いていたけど、アヤノは優しい人なんだね」


「ぞんなごどぉ、ないしぃ……。ううっ」


 涙や鼻水でぐちゃぐちゃの彩乃にハンカチを渡すヴィス。彩乃は盛大に鼻をかむ。その後、落ち着いた彩乃はシャルロッテから聞いたという今後の計画をヴィスから聞く。それからエレンミアから受け継いだ天体観測のことも。建物の中をヴィスに案内してもらい、天体観測の研究資料なども彩乃は見せてもらう。その話しぶりや態度などからこの少年がとても真面目で誠実であることが彩乃には理解できた。そして、翌日の作戦決行に備えてしばらくゆっくりしていいと言われ、彩乃はエレンミアが使っていた部屋で休むことになった。

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