第47話 枢機卿vsセイヤ

「はあ……。腐っても勇者ということですか。ああ、面倒な……。その女神の加護が邪魔ですねぇ。私のウロボロスとの相性が悪い。仕方ありません、私が直々にお相手するとしましょうか。シーマ殿、シャルロッテはあなたに譲るとしましょう。頼みましたよ」


 そう言い終えると枢機卿はパチンと指を鳴らす。すると巨大な大蛇は忽然と姿を消した。同時にシーマとシャルロッテの姿は、かなり離れた場所に移動していた。セイヤは一瞬戸惑うが、なんとか平静さを保った。


「大層な手品だな、神父さんよお。教会で偉くなるにゃ宴会芸も必要なのか?」


「減らず口を。勇者などというものは駒として言われた通り動いていればよいものを。セイヤさんあなたといい、あのタイゾーさんといい、ここ最近召喚したあなた達は余計なことばかりする。私の壮大な実験の邪魔をしないでいただきたいものです」


「そりゃあ勇者だしな。悪いやつがいたらやっつけないといけないだろ? それが正義ってもんだ、なあ?」


「正義? よくもそんな言葉を恥ずかしげもなく使えるものです。聖職者である私があなたに一から説教させていただかねばならぬようですね」


「俺、昔から坊さんの禅問答? そういうのとかお説教とか苦手なんだわ。これは娘にはぜってえ言えねえんだけどな。手短に頼むわ」


「はい、もちろんです。一瞬で消し炭にして差し上げましょう。そうそう、見たところあなたのチートですけど、もう弾切れのようですねぇ。あのインチキな超復活はもうできないのでしょ? どうです? 自らが次は本当に死んでしまうという現実は、なかなかに受け入れ難いものでしょう。怖くて仕方が無いのではありませんか、死が」


「おうおう、心理戦か? 一瞬でって言いながらも慎重なんだな、アンタ。ん? 何か隠し玉でもあるんじゃねえかって疑ってんな。ふふっ、この世界の始まりから存在するような神にも近いやつでも人の心は読めねえってか? 面白えぞ、神父に化けた『悪魔』さんよお」


「……」


 枢機卿の表情が一瞬わずかに曇るのがセイヤにも見て取れた。


「その呼称は不快です。ピカピカ光って降臨すれば善の存在、暗い闇の中から這いずり出てくれば忌まわしき悪の存在。その人間の浅薄な思考をなんとかしていただきたいものだと常々思っております。ああ、不毛な議論をする気はありません。ですが、不思議ですねぇ。あの女神にすら勘づかれることが無かったのに……、なぜ私の存在を。そして申し合わせたようなこの状況……。ふむ。あり得るとすればあの星詠みとかいう占いエルフでしょうか。まさか……、アーカーシャの記録に繋がることができただと!? いや、そんなことはあり得ない……」


「何ぶつぶつ言ってんだ? ぼうっとしてたら死ぬぜ、アンタ」


 セイヤの姿がその場から消え去り、次の瞬間には枢機卿の背後を取っていた。だが、同時に放たれた高速の突きは空を切る。


「危ないですね。私の想定の三割は能力が底上げされているようです。余裕を持って対応して良かったですよ」


「くっ、確実に捉えたと思ったんだけどな。まだ身体が馴染んでねえようだぜ」


 瞬間移動のように離れた場所に現れた枢機卿を睨む勇者セイヤ。


「不可解です。私の計算ではそんな動きができるはずが無いのですけど」


「それが人間さまの可能性っていう神も悪魔もビックリな摩訶不思議な力だぜ。よく覚えておくんだな」


「確かにそれは興味深い。私の研究テーマのひとつに加えておくとしましょう」


 お互い不敵な笑みを浮かべると巨大な爆発音とともに戦闘が再開された。



「さて、シーマ。申し開きなら聞いておくぞ」 


 何かの力によりもといた場所から移動させられてはいたが、冷静に眼前の裏切り者に声を掛けるシャルロッテ。


「特に僕から言うことはありませんね。しいて言えば国家の大罪人をこの手で断罪できることの喜びでいっぱいですよ」


「何がお前をそうさせたのだ? この世界を守ろうと共に戦ったではないか」


「ああ、そんなこともありましたね……。でも、世界がどうのこうだとか別に。魔族にも個人的な恨みもありませんでしたし。ただ、自分の力を認めさせたかっただけですよ。あの大賢者様にね」


「まだ、あのシェヘラザード様の判断を恨んでいるのか?」


「はあ……。そりゃ納得いかないでしょう。師匠の次期後継の証である『マスター』の称号が僕ではなく、あなたに……。ほぼすべての魔法を修得し、書き上げ発表した論文も数百。それに比べてあなたは何なのですか? 使えるのは初級魔法のファイアーボールだけ。あり得ないでしょうよ!」


「ああ、私もそのことについては同じ考えだ。シェヘラザード様には辞退を申し出たのだが、聞き入れては貰えなかったのだ……」


「それがたとえ本当だとしても……。魔王討伐から戻ってみれば、僕たちは女神様失踪の容疑者。それにあれがクーデターであったとしても、その後あなたがした行為は明確に道義に反する親殺し。あなたが外世界へ逃げたあと、その逆境の中でどれだけ苦労して今の地位を築き上げたかお分かりか?」


「そうだな……。お前の献身的な働きにより国の政治的なバランスが保たれたことも事実であり、感謝もしているのだ。だが、多くの民がいわれのない罪で下層に落とされ、さらに教会の行っている実験体供与に協力していたことは許すことはできぬ。これは王としての私の考えだ」


「何が王だ。お城で何不自由なくお育ちになったお姫様が、たまたまの気まぐれで貧しい民に慈悲の心を向けただけでしょうに。結局、この実情が分かっていながらあなたは何の手も打てなかった。いや、実はそんなことだって必要ないんですよ。ほうっていけば餓死していく貧民たちが生きながらえているのは、あなたのお陰じゃない。教会が手を差し伸べているからですよ。人であることを捨て、クマ獣人、あなたの言う実験体となったのも自分から願い出た者たちなんですよ。分かりますか? あなたのやっているのはたちの悪い正義ゴッコだ!」


「……。それを、社会を変えるには時間が掛かるのだ。私は外世界でそれを学んだのだよ。それに……、この世界にはもう時間が無いのだ……」


「あなたが何を言おうと、僕はもう聞く気はありません。あなたはここで民のために死んでください。残念ですが彩乃ちゃんもです。王家の血はここで絶やします!」


「私も彩乃もまだ生きねばならんのだ。この世界のためにな……」


 シャルロッテがそう言い終わる前にシーマの魔力が大きく解放される。それは可視できるほどに大きく彼のまわりの空間を歪めていた。

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