第43話 あの日の魔王城②

「とは言え、凡庸なる勇者よ。絶望することはないぞ」


「ん?」


「うぬは知らぬであろうが、貴様は子どものお遣い程度のことはできておる。さて、その聖剣に潜む『女神』よ。そろそろ姿を現してはどうか? この男でなんとかなるなどということは考えておらぬのであろう?」


「!?」


 魔王の声に呼応したかのように、セイヤに握る聖剣が強い光を放つ。


――何だ? 何が起きてるんだ。


「ああ、つまんないわね。アンタが油断した隙を狙ってたのにさ。ホント、勘の鋭い男って嫌いだわ」


 この聞き慣れたくだけた口調、セイヤをこの世界に召喚し魔王討伐を命じた女神本人であった。身の丈は二メートルをこえるが均整のとれた身体と美貌は、それが自分とは異なる世界の上位存在であることを人間に本能レベルで感じさせるものであった。 


「女神さま……」


「ああ、アンタはもういいわ」


 この一言でセイヤは女神にとっての自分の価値を察した。


――マジか……。世界の平和のためとはいえ、けっこうくるものがあるな。ははっ、使い捨ての勇者か……。こりゃ、笑えるわ。


「その玉座の後ろに隠してるのがそうね」


「ふふっ。やはり我ではなくそれが目的であったか。エレンミアの言う通りであったな」


――ん? エレンミアってあの星詠みの婆さんのことだろ? なんで魔王が……、いや人族側なのに交流があった俺のほうがおかしいのか。玉座の後ろ? たしかに女の匂いがしていたが……。あれは……、赤ん坊か?


 女神の出現に驚いて立ち位置を変えたセイヤのいまの視界には、幼子を抱えて震える女魔族の姿が見えていた。


「あのエルフの占い師のこと? あのエルフといい、タイゾーにシェヘラザード、こそこそと勝手なことをしてたみたいだけど……。やっぱり、早めに始末しておくべきだったかしら。でも、この神である私にも見えない未来。それをあのエルフが視えるとでもいうのかしら、魔王エリゴリアル?」


 もう女神には、そこに勇者がいることなど頭に無いようであった。その言葉を聞いて混乱するセイヤ。


「神を語る詐欺師め。貴様が異なる宇宙または次元からの来訪者であることは分かっておる。管理しやすい人族を使いこの星を植民地化しようとでも企んでおったのであろう」


「さ、詐欺師って、失礼ね! でも、どうやってそんなことまで知り得たのかしら? 不思議ねぇ」


「その余裕ある態度、気に食わんな」


「あら、そう? でも、下等生物の分際でよくそこまでたどり着いたわ。だから、ご褒美にちょっとだけ教えてあげるわ。その植民地化みたいな面倒なことはしないわよ。この星の生物をあらかた抹殺して私たちに住みやすい環境に作り変えようかなって思ってるのよ。クマ獣人から取れた情報のおかげで、十分いけるって上からの承認も降りたし。あとは不確定要素の排除ね。あなたたち魔族、特にアナタのようなアルファ種の血が強く出ている個体よ」


「ふふっ、知っておるぞ。我も外世界のカガクなるものを齧っておるからの。この星の生物における『才』はイデンによるエンキ配列によると。その組み合わせは運であるが、強い組み合わせを引いたものが強者となりえるのが現実であろう。女神、貴様は勇者にその埋もれた『才』をブーストをかけ強力なものとして発現させておるのであろうよ」


「ほんと夢のないハナシよね。人族って不憫だわ。まっ、魔族の血の混じった王家はじきに滅ぶように仕向けたし、あとはここだけね。」


「いや、貴様分かっておらぬぞ。タイゾーの『才』はぬしが見出したものではなかろう」


「ああ、あの出来損ないの勇者のこと? 身体能力や生命力に手をかけたけど人並みに毛の生えた程度だったわね。私、早く交代させたくてしかたなかったのよ。手札があんな雑魚キャラじゃゲームも面白くないじゃないの。それに比べてアンタの後ろに隠してるそれって、レア中のレアじゃない。ほんと手駒にできないのが残念だわ。だから消し去るのよ。私たちにとっても危険な可能性があるからね。でも、アンタは強いといってもまだ範囲内よ。私でなんとかできちゃうし」


「さあ、それはどうであろう。人族も魔族も『才』を『努力』で超えられると信じるものが多いのでな」


「はあ、これだから下等生物は……」


「では、参るぞ!」


 セイヤはここでこの人外たちの戦いに巻き込まれて自分は死ぬのだろうと覚悟していた。おそらくあと一回復活するだろうが、その時点で自分のいるこの場所がどうなっているのか想像もできなかった。


――例えば超絶魔法の撃ち合いがあったとして、煮えたぎる溶岩のなかで蘇生してもな……。それに再生途中でまた致死ダメージ喰らったらそれってカウントされるんだろうか? こんな状況でこの女神になんて聞けやしねえし。ああ、詰んだわこれ。


「はっ!?」


 すべてを諦めて俯いていたセイヤであったが、いっこうに訪れない衝撃音や地面の揺れや爆風。恐る恐る顔を上げると想像していない光景が見えた。


「おいおい……」


 魔王は女神の腹から生えたのだろう太い腕に胸を貫かれていた。しかし驚異的な生命力によるものなのか、自分よりも身長の高い女神をその頑強な二本の腕で拘束していた。


「さあ、凡庸なる勇者セイヤ! お前が我を倒し英雄となり、そして同時に女神殺しの大罪人となる絶好の機会であるぞ。喜ぶがよい!」


「はあっ!? ちょ、ちょっと。それってっさ、えっとなんていうか嬉しくないんだけど……」


「何を言っておるか? エレンミアが言っておったぞ。セイヤはやればできる子だとな!」


「なんだよそれ……」


 魔王が初めて見せた笑顔に動揺するセイヤ。


「お前、父親となるのであろう? 知っておるぞ、あの女騎士の腹には新しい命が宿っておること。安心せい、アビゴハサには時間稼ぎに徹するよう伝えておる。他の二人についても同様である。気づいておるのだろうこの玉座の裏。互いの子の未来のため悪者とやらになってみぬか? お前の最高の一撃で我と一緒にこの侵略者を滅してくれ。いま此奴を我が最大の時空魔法により封じ込めておるのだが、すぐに打ち破られそうなのである。我の命の火もあと僅かであるしの……」


「ああ、何かよく分かんねえけど、俺の勘が言ってんだ。アンタを信じろってな」


「そうであるか。感謝するぞ『凡庸なる』勇者。ああ、人族とパスがつながるとは……、お前は興味深いぞ」


「これは!? おい、そんなこと俺に……。無茶言うなよ」


 セイヤの頭の中に魔王エリゴリアルの意識が流れ込んできた。もう彼には声を出す余力も残っていないことが分かった。そして玉座の後ろに隠された彼の息子についての頼みも。魔王のこれまでの記憶や感情が絶えず流れ込んできて、セイヤは自然と溢れ出す涙を抑えることはできなかった。


「ちくしょう! 分かったよ、やってやらあ。俺の最高の一撃だ! 感想は俺もそっち行った時に聞くからな、覚えとけよ。おおーーーーっ!」


 その日、人族に篤く信仰されていた女神と魔族に心から愛されていた魔王がこの世界から消えた。

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