第42話 あの日の魔王城①
ミズガルド王国歴3024年。泥沼化した人族と魔族の戦争に終止符を打つべく、勇者セイヤの率いる別働隊は主戦場であったゼド・ランダバウト平原から離れた魔族軍の要塞、人族の言う『魔王城』を急襲した。
「シーマ、敵の数は?」
「やはり女神様の仰っていた通り、ほとんどが出払ってたみたいだね。下級魔族はあらかた倒してしまったようだ。幹部クラスは王都攻めにほとんどが注ぎ込まれてるんじゃないかな?」
一見どこにでもいるような冒険者風の勇者セイヤの問いかけに、何でもないといった感じで答える灰色のローブ姿の賢者シーマ。
「だが、なぜ魔王は勝負を決めにかかるこの大事な局面で魔王城に戻ったのだ?」
「さあ? 忘れ物でも取りに帰ってきたんじゃねえの?」
「はっ? ふざけるなセイヤ! 私は真面目にだな……」
「ん、なんだよ?」
「おいおい、夫婦喧嘩は魔王を倒してからにしてくれぬか?」
白銀の鎧を纏った女騎士シャルロッテと勇者セイヤのいつもの口喧嘩が始まる前に止めに入る、巨漢の重戦士ゴールドウィン。
「おふたりとも仲の良いのはよろしいことですが、油断は禁物です。これは世界の命運を賭けた戦いなのですよ」
さらに聖女カタリナからの一言で、黙り込むセイヤとシャルロッテ。
「この戦争よりも魔王にとって重要な何かがあるのでしょう。あの部屋が最後です。セイヤの国の言葉を使うならラスボス戦というやつですね」
「ああ……」
シーマの言葉に頷くセイヤ。
「全員回避!」
突然、何かに気づいたセイヤが叫ぶ。それに合わせて皆、回避または防御魔法を展開する。声と同時に襲いかかってきた無数の魔剣が床や壁を貫いていた。
「くっ、勘の良いやつだ」
「上級魔族、いや幹部級か……」
「我が名はアビゴハサ。ここから先は通さん!」
「セイヤ、こ、こんな破廉恥な格好……。み、見てはならぬぞ!」
シャルロッテが女魔族のビキニアーマー姿に、パーティメンバーも滅多に見ることのない動揺をする。実際、魔族といっても外観上の違いは無い。魔力や身体能力の高さは人族のそれを大きく上回るのだが、妖艶な美女が露出の多すぎる姿で立っているだけに男たちには思えた。
「シャル!」
魔族に斬り掛かったシャルロッテは隣の部屋を突き破って行った。さらに強者の雰囲気を持つ魔王の側近であろう魔族がふたり現れる。
「セイヤ、僕とゴールドウィンさんでここは何とかする。君は魔王を! カタリナはゴールドウィンさんを援護!」
そう言うと、シーマとゴールドウィン、カタリナはそれぞれ魔族へと向かって行く。
「お前たち、死ぬなよ!」
ここまで共に戦ってきた仲間を信じる決断をするセイヤ。彼は最後の部屋の扉を押し開けた。
部屋には赤い絨毯が一面に敷かれていた。豪華なシャンデリアに左右には見事な装飾の石の柱。奥にある玉座には男がひとり座り、侵入してきた勇者を静かに見つめていた。
「お前が魔王エリゴリアルだな」
セイヤは女神から託された聖剣を構える。
「ああ、そうだ」
――思っていたより若い。ああ、魔族は成人後、俺達より老化が遅いんだっけか……。
セイヤが一歩一歩警戒しながら進むが、魔王はそれを見ても微動だにしない。
「悪の権化であるお前を倒し、平和を取り戻す!」
「ふっ……。平和だと。まあよい。だが、やってきたのはタイゾーでは無いのか。勇者の存在はその時代にひとり。あの女神の制限はそんなことであったな。そうか引退したのか、残念だ……」
「何をぶつぶつ言ってやがる!」
セイヤのよく知る先輩勇者、泰造の名を聞き、立ち止まる。
「見たところ凡庸な人族。何らかの特殊能力が与えられているのであろうが、これまで召喚されてきた勇者たちと何ら変わらぬな。我が恐れるはタイゾーのみ。有象無象が束になろうとも我は倒せぬ。残念であるな……」
――泰造さんは凄い人だとは思うが、『ものづくりの』勇者とか言われてて、戦闘も魔法も苦手だって聞いてるぞ。こいつ俺を馬鹿にしているのか?
セイヤの怪訝そうな顔を見て魔王は笑い出した。
「何笑って……」
「ああ、これは失礼。噂通り、人族において勇者タイゾーの評価は低いのであったな。まあ、聞け小僧、そう死に急ぐでない。タイゾーはこれまで何度も我と相まみえる機会があったはずだが、そのことごとくを避けておった。我も初めはただの腰抜けであると相手にしていなかったのだがな。実は、それが違ったのだよ」
「?」
魔王の強さが桁違いであることは、この離れた距離でもセイヤには十分感じ取れていた。これは絶望的な力の差。外にいる仲間と共に戦ったとして万に一の勝ち目はないとこの時点で悟っていた。この状況で何か僅かでも可能性はないのか、彼はそれを見出す猶予が得られたと考え話を聞くことにする。
「タイゾーは逃げ回っていたのではなく、我ら魔族を分析、研究していたのだ。恐るべき洞察力でな。気づいたときには遅かった……。我らにとって圧倒的な優位であった魔法が攻略され、戦力としては五分五分は言い過ぎかもしれぬが、もうそんなものであろう。あの『魔女』……、シェヘラザードであったか、あやつと協力しての。さらに巧妙な罠に的確な戦術。おそらくそちらの世界の知識なのであろう。我を殺せるとすればあの男しかおらんと考えておったのだがな。今目の前におるのは貴様だ。残念で仕方がない、女神も人を見る目が無かったとみえる」
「な、何だと!」
「強がらずともよい。凡庸なる存在が我の前に立つことの勇気、いや蛮勇であるか。それは褒めてやろうぞ。見たところ貴様の能力は死ぬことによる大幅な能力値の上昇。だが、上限値まで達した上での死であれば効率よく強化できたものを、すでに二度ほど……。ふむ、残りチャンスは一度であるか。なるほど、死んでも死なん。それ故、ここにおるのか……。くだらんの。一度しかない生ゆえ人は輝けるというのに」
「……」
――くっ、すべて見透かしてやがる。
ほとんどひとりごとのように呟く魔王のそれは、すべて事実であった。死からの再生には大きく時間がかかる。その再生の秘密がバレているこの状況では、もうセイヤに打てる手は残されてはいなかった。
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