第40話 裏切り

「シーマ様、あなたは自分が何をしているのか分かっているのですか!」


「ああ、僕はいたって冷静さ。由美ちゃん、君がこの忌々しい『絶対防御壁』の魔法を起動させる権限をシャルロッテ様から譲り受けたことは知っていた。なんとかその起動方法及び解除方法を知ろうと君を探ってたんだけどね。本当に上手く隠し通したものだ。あの邪魔な『影』たちを始末するために僕の手駒もすべて失ってしまったし、本当に割の合わない仕事だよ。残念だけど時間切れだ。レンブラント様が早く開城しろってさっきから念話がうるさいんだ」


「なんだと! 枢機卿と繋がっていたなんて……」


「早くしてくれないと、彩乃ちゃんを殺さないといけなくなるんだよ。次代の王がいなくなれば跡取りのいない王家は潰えるからね。こんな可愛らしい子を君は僕に殺させるのかい?」


「銀剣は? なぜ銀剣は姫様を守らぬのだ?」


「ああ、前に僕、痛い目に遭っただろ。だから、時間をかけてさ、僕の前ではあの剣を抑えるよう暗示をかけたんだ。これって呪い級の精密さが必要な精神干渉だからね。誰にも解除できないと思うよ。術を施した僕でさえ多分無理だし……」


「きっ、貴様……」


 彩乃はそれを聞いて必死に心の中で銀剣に呼びかけるが、いつものあの繋がる感覚がない。


――どうしたの? クレール、助けて!


「剣じゃ、君たちに敵わないしさ。卑怯だとか言わないで欲しいかな。戦いにおいては頭もちゃんと使いなさいって、シャルロッテからいつも言われてたんじゃないのかい?」


「くっ……。この防御魔法陣を停止したら姫様を解放しろ! いいな!」


「ああ、構わないよ。でもあの枢機卿に彩乃ちゃん気に入られちゃったみたいだから、すぐに捕まっちゃうと思うけどね」


 由美は着ていた鎧を脱ぐ。そして豊かな胸の谷間から黒い棒状の金属を取り出した。


「ふむ。そこに隠されちゃねぇ……」


 彼女はシーマをひと睨みするとそれを上に掲げる。


「我は王の代行者なり。命じる、守りを解け、アイギス!」


「その魔道具、生体認証してるのか。あの婆さん面倒くせえことしやがる。奪ってもつかえないや。それに起動には莫大な魔力の蓄積が必要みたいだし、あと数ヶ月は使えないんだろ。まあいい、ほら!」


 あっさりと彩乃を開放して由美のもとへと押し出したシーマ。すると巨大な正門がゆっくりと開いていく。


「じゃあ、僕はさよならだ。由美ちゃんが生き残れることを祈ってるよ」


 シーマはまだ開ききっていない大きな門の扉の間をすり抜けて外へ出ていってしまった。さすがの由美たちもシーマの強力な魔法を警戒して追えずにいた。


「彩乃様、ここを離れます」


 素早く鎧を身に着けた由美がそう言う。


「あ、はい」


「ガウェイン、ショーン、クリス、時間を稼げ! マリリンとビビアンは私についてこい! ガウェイン、おそらく連中はクマ獣人を先行させるはずだ。適当にあしらって離脱しろ。城は放棄する、兵士たちにも無理はさせなくていい」


 由美の言う通り、半分ほど開いた正門にはあのキグルミの男たちの姿が見え、彩乃は無意識に一歩後退る。


「了解です、団長。彩乃様もお気をつけて」


「うん。みんなも……ね」


 

 正門から反対の方角、城には入らず中庭を抜けた先にその場所はあった。何の変哲もない地面に由美が手を触れ、何かを呟くと石畳の下に地下へ続く階段が現れる。


「この下に隠し通路があります。足元に気をつけてください」


「ここは?」


「シャルロッテ様から教わった王族だけが知る避難通路です」


 彼女たちは由美の初級光魔法の灯りをたよりに進む。由美も実際に入るのは初めてだったため慎重に警戒している。通路内の空気は循環しているのか、時折涼しい風が奥から吹いてくることに彩乃は気づく。自分の首にあてられたシーマの刃物の感触、それがずっと残っていた。なぜ彼があんなことをしたのか、ここに来るまでずっとそんなことを彩乃は考えていた。


――きっと、何か理由があるに違いないわ。


 何の根拠も無かったが、そうでも考えていないと彩乃には耐えられそうに無かった。二時間ほど彼女たちが歩いたころ、先頭の由美が立ち止まった。


「行き止まりです。おそらくどこかに地上へ出る仕掛けがあるはずです」

  

 由美の言葉に皆、壁や床、天井を確認する。


「あら、これかしら?」


 マリリンが何かを見つける。


「この凹み、手型のようっスねぇ。で、でかっ! きっと大男の手っス」


 ビビアンが手を重ねて見るが、大きさは彼女の手の二倍はある。


「触っても反応はないか……。彩乃様、同じようにそこに触れてみてください」


「う、うん」


 由美の言葉に頷くと、その窪みに手を触れる。すると手の触れた部分から淡く白い光が広がり始めた。


「あっ!」


「何らかの方法で、王家の血筋を判別しているようですね」


 由美がそう言うのと同時に、そこにいる全員の身体が光に包まれた。


「強制転送!?」


 彩乃には身体がふわりと浮き上がる感覚があった。そして視界にうつるものが歪みはじめて、何もかもが真っ白になった。

 

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