第四章 星の導き

第39話 クーデター

 深夜、城中に鳴り響く警鐘の音で彩乃は目を覚ました。


「何?」


 彩乃はベッドから出て寝間着の上から上着を羽織る。それと同じタイミングでドアがノックされ騎士団長の由美が険しい顔で部屋へ入ってきた。


「彩乃様、教皇派が実力行使に出ました」


「えっ? どういうこと?」


 起きたばかりで頭の回っていない彩乃は尋ねる。


「なんでも今朝、王都でシャルロッテ様らしき人物が目撃されたようで、その引き渡しを求めて兵を動かしたようです。現在城は包囲されつつあります」


「お母さんがこっちに来てるの?」


「いえ、私の方ではまだ確認ができておりません。ですが、南部での戦争もはじまった状況で、これだけの数の兵を動かすということは確信があってのことだと思われます」


「でも、このお城にいないんでしょ?」


「はい。ですが、そう伝えても聞く耳を持たず、開城せよの一点張り。これに乗じて姫様を狙っているのやも知れません。ですから、部屋からは出ずにじっとしていてください。現在なぜか『影』とも連絡がつきません。そして我々騎士は城の兵を率いて防戦に当たらなくてはなりません。彩乃様には銀剣がついておりますが、敵はあの枢機卿、何を企んでいるか知れません。ですから何卒ご注意を」


「う、うん。分かった。お姉ちゃんも気をつけてね」


 扉を閉め内から鍵を掛ける。窓を開け外を見れば多くの篝火が城内を照らしている。武装した兵士たちが慌ただしく行き交うのも見える。一般的な見方をすればこれは明らかに王の打倒を謀ろうとするクーデターであり異常事態。それは彩乃の限られた範囲での知識を寄せ集めても容易に分かるはずのことであった。しかし、剣と魔法の異世界に来ていることの非現実性により、彼女には自分のこととして消化しきれてはいなかった。


――せっかくのファンタジー世界なのに、全然楽しくないんだけど。ああーっ、嫌だ嫌だ。そうだ! あの本、お母さんの本でも読んで気を紛らわそう。


 彩乃はベッドに腰掛けて『賢王シャルロッテの凱旋』を開く。あの枢機卿の書いたものだというのは気になったが、読みやすい文体ですぐにその世界に入り込んでしまうのだった。


――やばいよこれ。お父さん、じゃない、勇者様がイケメン過ぎるよぉ! お、お母さん……、いや、シャルロッテさまが乙女なんですけどぉ、これ。実物とのギャップが……。で、でもステキ。

 

 夢中になって彩乃が読み進めていると、巨大な音が響き渡った。慌てて外をみるとさまざまな色の光の筋が空に見え、この城に向かってくる。しかし、それは透明な何かに遮られる。そのさいの衝撃音が現在鳴り響いているのだった。


「お婆ちゃんの作った『絶対防御壁』だ」


 ミズガルド史上最高の魔法使いとも言われる大賢者シェヘラザードの構築した物理、魔法ともに対応する防御結界が展開されていた。このほぼ無敵の結界の存在は広く知られており、他国にこの国への侵攻を躊躇させる理由のひとつでもあった。


――さっすが、お婆ちゃん。これがあれば安心ね。


 彩乃には次々と迫りくる無数の魔法攻撃も、まるで河川敷で眺める花火大会のように感じられていた。


「綺麗だな……」


 そううっとりと幻想的な光のショーに見惚れていると、扉をノックする音がした。


――由美お姉ちゃんかな? 姫様、もう大丈夫です、的な。


「彩乃ちゃん。シーマです。開けてくれないかな」


「し、ししょう!?」


 慌てて鏡の前に行きおかしなところはないか確かめる彩乃。寝間着姿に上着を羽織っただけの格好で、その寝間着も由美と一緒に街で購入したスケスケの大人仕様だったが、シーマを待たせるのも申し訳ないと思い扉の鍵を急いではずす。


「怖くはなかったかい? 彩乃ちゃん」


 シーマの優しい笑顔を見てほっとする彩乃。


「は、はい、大丈夫です! お婆ちゃんの結界は凄いって知ってますから」


「そうか、そうだね。シェヘラザード様の『絶対防御壁』は誰にも突破できない。この僕でさえ、あれがどういう仕組みで成立しているのか分からないのだから……。ああ、それでも彩乃ちゃんのことは僕が守るからね。ここよりもっと安全な場所に移ってもらうよ。さあ、いこう」


「ちょ、ちょっと着替えてもいいですか?」


「いや、時間が無いんだ。そのままでいい。急ごう!」


 不意に手を握られたことに全意識をもっていかれた彩乃は、顔を真っ赤にしてシーマに従いついていく。


――やだ、強引。それに『僕が守る』って。きゃー、どうしよう。


 歩いていく通路の先では城の人間や兵士たちが慌ただしく動き回っていたが、彩乃の意識は意外と男らしいシーマの大きな手に集中していて気にはならなかった。


「あれ?」


 彩乃は自分が城の外、城門の前まで来ていることに気づく。兵士たちが正門を突破されないよう土嚢を積んでいるのが見える。そこには由美たちロイヤル・ガードの姿もあった。


「シーマ様、それに彩乃様も。どうしてこんなところに」


 由美が驚いた顔でこちらを見ていた。


「やあ、由美ちゃん。お願いがあるんだけど……。この結界を解除してくれないだろうか?」


「な、何を仰っているのですか、シーマ様」


 彩乃が見上げると、そこにはいままで見たことのないシーマの冷たい表情があった。


「言うことを聞いてくれないとこの子が死ぬことになるよ」


 彩乃は自分がシーマに抱き寄せられるのと同時に、ひんやりとした刃物の感触が首筋にはあった。


「し、ししょう、どうして?」


 剣を抜く由美たちは動けずにいた。彩乃はただ状況を理解しようと努めるが、シーマが自分を裏切ったという事実がそこにあるだけであった。

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