第37話 その少年、ヴィス。⑥別れ

「おっ、重っ!?」


 シャルロッテから銀剣を受け取るときに大切なものだと認識したヴィスは両手を出したのだが、その重さで地面に落としそうになる。


「すまんな。ちゃんと説明してから渡すべきであったな。オー・クレール・ドゥラリュンヌはその者の魔力総量によって重さを変えるのだ。正確には剣の質量に変化はない。それは感覚的なものだ。少年、ドゥラリュンヌに語りかけるように魔力を送ってやってはくれぬか?」


「か、語りかける?」


 必死に両手で銀剣の重さを支えながら、ヴィスは彼女に言われるように魔力を送り込む。


――銀剣さん、いや、ドゥラリュンにゅ。じゃない、どぅ、ドゥラリュンヌさんボクの魔力を受け取ってください……。


「おっ、おお!?」


 ヴィスの両手から送り込んだ魔力がすっと銀剣へと吸い込まれていき、続いてどんどん魔力が吸われていく感覚が彼にはあった。触れた者の魔力を吸い尽くして死に至らしめる凶悪な魔剣があるとか以前ナエトゥスから聞いたことのあるヴィスは少し焦ったが、少しすると吸われながらも再び温かくなって自分のもとへ還ってくる感覚があった。


「うむ、銀剣に受け入れられたな。ちゃんと魔力が循環しているようだ。少年、随分軽くなったのではないか?」


「ほ、本当だ! 重さを感じないよ!」


「やはりな。王家の初代王は魔族であったという言い伝えは本当であったようだ。少年の血も遥か遡れば私と同じなのだろう。銀剣の導きはそういうことなのだろう」


「オウケ?」


「ああ、気にするでない。君は銀剣に気に入られたのだよ。この剣は偉大なる星詠み、エレンミア様と今は亡きドワーフの英雄王によって生み出された二本の聖剣のうちのひとつ。大切にするがよい」


「で、でもこんな凄いもの……」


 ヴィスはシャルロッテに返そうとするが、首を横に振られる。


「代わりと言ってはなんなのだが、折り行って頼みたいことがあるのだ」


「頼み?」


 そのとき、慌てた様子でこちらに走ってくる宇喜多の姿がヴィスの視界に入る。それはあの気の抜けた彼の顔ではなかった。


「ば、婆さんが倒れました! すぐに来てください!」



 ベッドに寝かされているエレンミアの手をとるヴィス。彼にもエレンミアがもう長くは無いことは分かっていた。


「ああ、ヴィス……。シャルちゃんから剣は受け取ったかしら?」


「うん。とても美しい剣だったよ。エレンミアが作ったんだってね」


「そうよ。昔々ね。昔のことはほとんどのことを忘れてしまったのだけど、ドゥラリュンヌちゃんとクレールちゃんがこの世界に生まれたときのことははっきりと覚えているわ。友人たちがたくさん集まってパーティをしたわ。あれは楽しかったわねぇ。エルフもドワーフも、そして魔族も人族も、いまは誰も知らない種族のお友だちも。みんなでこの世界を豊かにしていこうって。私も若くて、シャルちゃんみたいな美人さんだったのよ。信じてくれるかしらヴィス」


 彼女の視力はもう失われていることはそこにいる誰もが分かっていた。


「もちろんだよ。エレンミアはいまでも美人だよ」


「ありがとうね。ヴィスは優しい子……」


「もうあの星のことは完璧に覚えたから、エレンミアの研究はボクが引き継ぐから……。だから。だから安心してよ、エレンミア」


 ヴィスの涙がとまらない。ここに来てからのすべてのことが頭の中に浮かんでは消えていく。ヴィスは彼女への感謝の気持でいっぱいだった。


「よかった……。それなら安心だわ……。私は消えてしまうけど、これは永遠の別れじゃないのよ。」


「うん」


「この世界の生命は、土に還ったり、魔素に分解されても、この星を駆け巡って再び命あるものとして再生するの。だからこの星のある限り、またどこかであなたに会えるわ。そのときはお互いどんな姿をしているか分からないし、この記憶もないけどね……。でも、きっとまた会える……」


 ヴィスの握る彼女の手から力がすっと抜ける。


「エレンミア!?」


「じゃあ、ね」


 そう言い残すと、大陸史上最高の星詠みと言われたエルフは光の粒子となって消えた。


「ああ、ああ……」


 シャルロッテと宇喜多は、魔族の少年を残して静かに部屋を出た。


 少年は一晩中泣いた。ちいさな子どものように声をあげて泣いた。その夜だけは、いつも聞こえる魔獣の遠吠えも、山脈から吹き下ろす風の音も無かった。ただ、少年の泣き声だけが森の中に響き渡る唯一の音であった。

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