第35話 その少年、ヴィス。⑤不思議

「なあ、少年」


「あの、気が散るので黙っていてくれませんか?」


――どうしてボクがこの男の相手をしないといけないんだよ。自由にしていいってエレンミアに言われてるんだから、どっか行ってくれないだろうか。


「そんなこと言うなよぉ。なあ、この星のまわりを回ってるのって『月』だよな?」


「ええ、そうですよ。人族なら子どもでも知っていると思いますけど」


 宇喜多が半透明の魔導板に映し出されている美しいこの星の衛星を見ながら言うことに、ヴィスは答える。


「で、この星は『太陽』の周りをまわってると。そして『水星』、『金星』の次がこの星で、『火星』『木星』『土星』……。おおぅ、ちゃんと輪っかもあるじゃねえか」


 ヴィスはエレンミアの主な観測対象である『アンスラックス』の研究を引き継いだばかりで、この男の相手をする余裕なんて無かった。なぜか男はヴィスが苦労して覚えた『魔導望遠鏡』の操作をすぐに把握してしまっていた。さらに気に障ることにエレンミアから教わったこの世界では秘密とされている星の知識の基本的な内容を知っていた。なんでも外世界の人間にとっては常識的なことらしい。だが、そこまでで専門的なところまでの理解は皆無のようだった。


「好きに使っていいですけど、その、黙ってられないんですか?」


「ああ、ごめんごめん。不思議が俺を突き動かすのだよ、少年」


「不思議って……。何がなんですか?」


 とりあえずこの男の疑問が解消されれば大人しくなるかと思い、ヴィスは尋ねることにした。


「それがな、こういう理系科目ってのは昔から苦手なんだけどよ。中学んときの先生がべっぴんさんで星のとこだけは覚えてんだよ。ああ、興味ねえか。端的にいうとな俺んとこの世界とおんなじなんだわこの宇宙。えっと、惑星の配列も、名前もな。あの婆さんには確認したが、タイゾーって勇者から教わったわけでもなく、昔っからそう呼ばれてんだと。たぶん、その転生者だか、転移者は気づいたんだろうな。ふたつの世界がおんなじもんだって」


「ん? チューガクとかテンセイシャとか知らない言葉が多くてよくわからないんだけど。ふたつの世界ってどういうことなの? 外世界ってこの世界の外側にあるんだと思ってたんだけど」


「うーん。説明が難しいな。転生モノのラノベでもありゃあ話が早いんだが、そんなものねえよな。ああ、面倒くせえ、ナシだ。今の話は全部ナシな」


 そういうと宇喜多は出ていってしまった。よくわからない話を聞かされたが、邪魔なやつがいなくなってホッとしたヴィスは再び『アンスラックス』に集中することにした。



 翌日、ヴィスはシャルロッテに呼び出された。何でも剣の腕前を見たいということらしく、屋外の開けた場所でヴィスはいま木剣を握って彼女と対峙している。


「君は剣の心得があると『星詠み』様から聞いている。本気で掛かってくるといい。君が魔族だということも承知している。たしか魔族特有の剣技もあったはずだが、私は詳しくはないものでな。昔一度だけ、アビゴハサという素晴らしい魔剣の使い手と戦ったことがある。勝敗はつかなかったが彼女の剣技はいまだに覚えている。やはり、魔剣のようなものが必要だろうか?」


「いいえ。ボクはこれで構いません。人族の剣技は以前、王都の剣術大会で見たことがあります。たしかガウェインという人が優勝していたと思います。あれなら再現できますよ」


「ほう、ガウェインの剣を見ただけで再現できると。それは面白い」


 これはヴィスの精一杯のカッコつけであった。間違いなく剣技は再現できるし、このシャルロッテを只者ではないとは思ってはいるが、それは人族の範疇でのこと。魔力総量こそが正義という魔族思考のヴィスにとってこの女性は手加減しなければならない相手であった。


――あの美しい顔に傷なんて負わせてしまったら大変だ。人族の女に本気を出すなんてしたらみんなに笑われてしまうよな。アビのことを知ってるようだけどハッタリだ。あの魔剣を捌ける剣士なんて魔族にも何人いるか……。


 数分後、ヴィスは大きく後悔することになった。


「うおっ!」


「ほう。これを躱すか」


 防戦一方のヴィス。木剣の攻撃のはずなのに当たれば腕なんて切断されてしまいそうである。


――な、なんなんだ!? この人本当に人族なのか? あの糞勇者といい、シャルロッテさんといいボクって人族との巡り合わせの運が悪すぎじゃ……。


「ぬをっ!」


「随分ギアを上げてみたが対応するのか、なかなか筋がいいぞ少年! 我が娘と死合わせてみたい」


「ぎ、ギアって何? し、試合、じゃないように聞こえたし!」


「では、そろそろトドメを」


――ヤバっ、何か急に雰囲気が変わった。こ、これは回避しないと殺されるヤツだ! なんであの糞勇者と同じ表情してんだよ! そ、そうだ、あのガウェインってやつの凄い技。あれを再現できればなんとかならないか。


 シャルロッテが剣を上段に構えた。


 ヴィスは腰を落とし剣を後方に下げる。


「死ぬなよ、少年!」


「あなたこそ、恨まないでくださいよ」


 お互い咆哮を上げて放たれた必殺の一撃は、木剣が耐えきれずに木っ端微塵に破裂することで消滅してしまった。この剣の勝敗も不明なものにしてしまった。


「ふっ、ふっ、はははっ。これは驚いたぞ、少年!」


「ああ……」


 大笑いするシャルロッテとは反対にその場にへたり込むヴィス。


――し、死ぬかと思った……。木剣じゃなかったら大怪我どころじゃ済まなかったはずだ。


 シャルロッテから差し出された手をとり、ヨロヨロと立ち上がるヴィス。


「なるほど、銀剣の導きの通りであった。では少年、これを受け取るがいい」


「えっ!?」


 彼女がヴィスに差し出したのは鞘に収まった状態の銀剣、オー・クレール・ドゥラリュンヌであった。


  

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