第32話 彩乃の社会見学 ②『賢王シャルロッテの凱旋』
由美の案内で訪れた本屋で、本を手に取り険しい顔をしている彩乃。
「お姉ちゃん、さすがにこっちの世界には『絵師』さん的な職業はないのよね」
「ええ、油絵の貴族お抱え画家は存在しますが、あのアニメや漫画、ゲームなんてものはありませんのでそのような絵の書ける者はいませんね。ですからお気に入りの作品が無い場合、人気作家や人気作品の情報を仕入れるか、タイトルと冒頭話で判断するほかはありません。私もしばらくこちらの本は読めてませんからなんとも言えませんが……。それに魔導書や実用書以外の娯楽作品が製本されてこのような店で売られるようになったのもここ数年のことですから」
以前訪れたときよりも出版されている書籍の数は増えており由美も戸惑っていた。
「お困りですねぇ、団長」
「自信なさげな団長を見れるなんて、これはネタになるッス」
「くっ、今は団長ではない! 護衛の冒険者だお前たち自分の役割を忘れるな!」
「いいんですかぁ? ひめさ……、いや、お坊ちゃまも楽しみにしておられましたのに?」
「私たちなら最新の流行、人気作をお伝えするなんて造作もないことッスけど?」
「ううっ……。た、頼む。いいえ、たのみマス……」
ニヤニヤと笑いながらそう言うマリリンとビビアンに屈し、項垂れて教えを請う由美。
「そうですね、アヤノ様には学園モノのこちらなどいかがでしょうか? イケメン生徒会長と書紀くんの禁断の……」
「いや、悪役ゲフンゲフン……の令嬢様が、突然改心して、うんぬんかんぬんなこちらも良いかも」
「ちょっと待ってビビアン! あれはもしや幻のシャルロッテ様モノじゃないの!?」
棚に震える手を伸ばし、とても貴重なものを扱うように一冊の本を持ってきたビビアン。
「ああ、これは……、本物ッス!」
「えっ、どうしてここでお母さん?」
彩乃はそれを覗き込む。たしかにタイトルには母の名前が見える。
「えっと、『賢王シャルロッテの凱旋~真実の愛の物語~』!? な、なんか壮大なタイトルなんだけど……」
「純愛込みの英雄譚ですね。勇者セイヤとの恋愛物語といってもよいでしょうか。作者は魔王討伐に同行した聖女様ではないかと噂されておりまして、実話ではないかという歴史学者もいるとかいないとか。初版のみの冊数限定でしてなぜここにあるのか、これは奇跡といっても過言ではありません! アヤノ様、ぜひご購入を!」
「ええっ、でも国の財政はギリギリだからって、ししょうからはそんなに高額なお買い物は駄目だって言われてるんだよ。それに両親の恋愛話の本なんて……。興味は無くもないんだけど。やっぱさぁ。ねぇ、由美お姉ちゃんはどう思う?」
「手に入れないなどという選択肢はございません! ああ、店主、これを購入するぞ」
――金貨一枚って……。もうお小遣いないよ。私のBL本は……。
涙目の彩乃をよそに購入を済ませてしまった由美。
「ちょっとぉ、お姉ちゃんたちが読みたいだけなんじゃないの?」
「な、なにをおっしゃいますか? これは貴重な文化遺産のほ、保護でございますよ」
まっすぐ彩乃と目を合わせないのは由美だけでなく、マリリンとビビアンも同様だった。呆れ顔の彩乃だったが、両親の秘密をこっそり覗いてしまう後ろめたさは、三人の共犯を得ることで随分軽減されるだろうという思惑も同時にあった。
「さあ、次に参りましょう!」
「でも、もうお小遣い無いよ。お姉ちゃん……」
「ふふっ。そこはあの甘々シーマ様が備えていないはずもなく。ここにお預かりしているポケットマネーがございます。これで豪遊ですよ!」
「うわっ、すごっ!」
由美の取り出した金貨の詰まった小袋をみて、思わず彩乃の声が出る。
その後、四人は王都の名店、有名スポットを楽しんで回った。中世ヨーロッパを思わせる雰囲気の街並みの美しさと歴史。異世界においても芸術、文化の発展は同じ人間によってなされるものだからなのか、彩乃の記憶にあるものと随分似通っている。微妙な差異はあってもほぼ同じものなのかもしれないと彩乃は感じていた。
「どうなされたのですか、彩乃様?」
「うん……」
由美は楽しそうに振る舞っていた彩乃の様子に僅かな違和感を覚えた。それは周囲を行き交う人々へ彩乃が視線を向けるときに特にそう感じられた。
「色が……ね。なんだかおかしいの」
「色ですか……」
彩乃のチカラによるものだということはすぐに理解できたが、何が問題なのか、由美は続く言葉を待った。
「この街は豊かで、暮らしている人たちも、行き交う人たちもみんな幸せそうに見えるのに、実はそうじゃないの。不安の色しか見えない……」
「……」
「由美お姉ちゃん?」
「ああ、ちょっと考え事を。そうですか……。彩乃様には分かりますか。では、予定を変更しましょう。こちらへ」
由美が予定していた眼の前に見える美術館の見学を取りやめ、中央大通りを郊外の方向へと歩き始める。マリリンもビビアンも何かを察したのか急に無言になり、静かに由美に付き従う。その変化に彩乃は戸惑うものの、黙ってついていく。
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