第31話 その少年、ヴィス。③星に願いを

「えっと、この操作盤のここをこうして……、エレンミア、準備できたよ」


「はいはい。若い子は覚えがよくていいわねぇ。助かるわ」


 巨大なドームの天井の一部がゆっくりと開いくのをヴィスは見上げる。雲一つない夜空が顔を見せる。巨大な筒状の魔導装置がそれに合わせて首をもたげ、細かな動きで微調整を行う。彼の隣ではエルフの老婆が感心した様子で見守っている。


「これで目的の星が観られるよ」


「ええ、ばっちりね」


 宙に浮かび上がった半透明の大きな板に夜空の星が鮮明に浮かび上がる。


「直接自分の目で星を見上げるほうが好きだけど、空の向こうまで見られるこの装置も悪くないね」


「そうね。あなたには使い方を教えたけど、あの西方から伝わったアウトロラーベと六分儀なんかを使って昔は星の運行を観測するくらいだったわ。星はいろんなことを教えてくれる。そんな星のことが愛おしくなっちゃうと、もっともっとよく見てみたくなるし、知りたくなるものなの。本当に勇者さんには感謝だわ」


「勇者……?」


「そうよ勇者タイゾー。あなたが大変な目に遭った方のね。彼がこの装置を作ったの。戦うのは好きじゃなかったみたいで、魔王さんからいつも逃げ回ってたとか。たしか『ものづくり』の勇者って呼ばれていたはずよ」


 ヴィスは妖精エアリィにこの場所につれてこられてから、老エルフ、エレンミアがずっと昔から行っているという天体観測について教わっていた。エアリィはいつの間にか姿を消しており、エレンミアによると気まぐれな行動はいつものことらしい。


「この装置、『すばる』はすごいって思うけど、やっぱり勇者のことは好きになれないな」


「ふふっ。魔王の息子が勇者を気に入ったらオカシイものね。でも、星好きなところは血筋かしらね」


「ん?」


 血筋という言葉にヴィスは反応する。

 

「あなたのお父さん、亡くなった魔王さんにも星の見方を教えたのよ。ずっと昔のことだけどね。まあ、ヴィスはご両親のことを覚えていないからこんなこといっても仕方ないかもだけど」


「そうなんだ……。ボクのお父さんが星を」


「魔王さんは若い時にお母さんの気を引きたくて私に星のことを習ったのよ。それからはよく二人一緒に私のもとを訪ねてきていたのよ」


 顔も知らない両親の話にヴィスは戸惑うほかなかった。


「へ、へえ……。ナエトゥスはそんなこと一言も」


「ふふっ。そんなナエトゥスちゃんは、私の最後の弟子ですよ。いいえ、ヴィスも立派な私のお弟子さんだから、姉弟子とでもいったらいいかしら?」


「はあ!? ナエトゥスちゃんって! ナエトゥスはエレンミアと変わらないお婆ちゃんだよ」


「あらあら。ヴィスはアビゴハサ、アビちゃんのことは知ってるでしょ。ナエトゥスちゃんはアビちゃんの妹よ。きっと姿を偽装しているのね」


「ええっ……、そんな……。ボクは騙されてたの?」


――そういえば、たまに口調が女の子っぽいときがあったような……。で、でもアビさんの妹だとか想像できないよ。あ、あの破廉恥な格好をナエトゥスも!? いやいや、それはないし。変な想像をしたら気分が……。


「それは言い方が悪いかもしれないわね。あなたを守ること、そして人族との交渉を考えたらそういうことも仕方なかったんじゃないかしら」


「ああ、なるほど……。あっ、もうそろそろ時間だ! 流星群!」


 ヴィスは思い出したように言う。今日は多くの流れ星が見られる日だと彼はエレンミアから聞いていたのだ。


「そうね。私はこのまま『対象』の観測を続けますから、あなたは外で見てきなさいな。今日はたくさん見られるはずよ」


「うん!」



 外に出て空を見上げるヴィス。月は既に沈んでおり辺りは真っ暗なのだが、夜空の星ははっきりと見える。楽しみにしていた天体ショーだったが、エレンミアの言っていた両親のことや、ナエトゥス、アビのこと、それらのほうがヴィスの頭の中のほとんどを占めている。ぼんやりと空を眺めてしばらく経ったころ、一本の光の筋が視界に入った。


「あっ、流れた……」


 エレンミアから教わったある星座の少し上に位置する『放射点』という所にヴィスは意識を向ける。


「来た」


 不規則なタイミングで星が流れはじめる。


――エレンミアが言うには、流れ星が光っている間に願い事を言うことができたら、その願いは叶うらしい。でも、こんな一瞬じゃ無理だろ。でも、ボクの願い事って……。


 ヴィスはさまざまな願い事を頭に思い浮かべるが、そのどれも美しく流れる星に託すには物足りないものに思えた。そしてふと湧き上がったある願いは現実的でないなと、頭を振って無理やり追い払ったりもした。


「父さんや母さんも、この流星群を見たのかな?」


 そう呟くと、エレンミアが呼びに来るまで彼は無言で夜空を眺め続けたのだった。

 

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