第30話 彩乃の社会見学 ①街並み

 その後彩乃は、由美が部屋に招き入れた侍女たちによってお姫様ドレスを剥ぎ取られ、ちょっと裕福な家の子どもといった服装へと着替えさせられた。


「ぐぬぬ。これってどう見ても、男の子っぽいんだけど?」


「ええ、私の想像を超えてよーくお似合いです。これはそっち方面の方たちの需要もありそうで」


「どっち方面よっ! へいへい、どーせ私はお姉ちゃんのような見事なものをもっちゃいませんからね。すっかり男の子にしか見えませんよーだ」


 そういいながらも鏡の前で由美の隣で胸を精一杯張ってみるが、横目で見るそれと比べてやはり勝負にすらならないことを悟った彩乃は、しゃがみこんでイジケて見せる。城下に出る際の変装のためであるということなのだが、彼女は自分でも男の子にしか見えなくて複雑な心境なのである。


「これは堪りません。失礼ながら、私こんなかわいい弟が欲しかったのですよ。うふっ」


「だれがブラザーだって? おい!」


 彩乃は見上げて恨みがましい視線を送るしかできなかった。



「わぁ、姫さま、かわいいのです」


「私もこんな弟が……。ぐほっ! 姫さまのボディへの強打もなかなか……ッス」


 現在、彩乃の専属護衛になっている五人のロイヤル・ガードのうちの女性ふたりも由美同様の反応であった。金髪の由美よりもグラマラスでおっとりした雰囲気の女性がマリリン。そして彩乃のボディブローの洗礼を受けて蹲っているのがスレンダーなほうがビビアン。彼女は港で彩乃が会ったときもひとこと多くて由美にはたかれていた。彩乃は、由美とこのふたりの女性の計四人で馬車に乗り城を出たところである。


 由美が護衛の冒険者風、あとのふたりが彩乃扮する裕福な商家の子息に付き従うメイドという設定である。


「私、マリリンさんとビビアンさんみたいにメイド服が着たかったなぁ」


「おっ、姫さまのメイド姿! じゅるる、これは見てみたい。ぜ、ぜひ、このビビアンに着付けのお手伝いを……、がっ!? いったーい! 何するんッスか団長!」


「お前は調子にノリすぎだ!」


「で、でも、団長も姫さまのドレスの着せ替えを思い出して悶えたたじゃないッスか……。いたたたっ! 耳を引っ張らないでください、ちっ、ちぎれるぅ」


 城に来てから彼女たち騎士は外に出られない彩乃を気遣って、厳しい訓練の合間をつかってよく部屋を訪れてくれていた。彩乃にとっては由美に加えて新たなお姉ちゃん、そしてお兄ちゃんたちができたように感じていた。


「それで、ガウェインさんたちはどうしてるの?」


「ああ、男子たちとは別行動なんですよ。もう街の中に潜伏しているはずです。もしかしたら任務を忘れて遊んでるかもですけど……」


「ふーん。私はそれでいいと思うよ。だってみんなすっごく過酷な訓練してるって、ししょうから聞いてるし」


「いいえ、彩乃様。我が部下にそんな腑抜けは……、んー、いない、はず、です……」


 歯切れの悪い由美の言葉に苦笑いする彩乃。ガウェインが副団長であり、基本優しい性格で皆の意見を最後までじっくり聞くまとめ役。団員が皆若いということもあるが、ショーン兄とクリス弟の陽気な兄弟によく振り回されているのは彩乃も知っていた。


「ガウェインさん、今ごろ苦労してそう……」


「そうっスね。それは間違いないです」


 彩乃の呟きに同意して頷くビビアン。すると馬車はゆっくり停車する。


「ここからは歩いていきましょう。ご紹介したいお店もいくつかございますので」


 

 馬車を降りると彩乃の目の前には、立派な中世風の街並みが広がっていた。 


――おーっ。想像以上にファンタジー世界だよ。お城も感激したけど、ふつうにたくさんの人たちが行き交ってるしワクワクする!


 キョロキョロとあたりを見回す彼女の様子に由美たちも自然と笑顔になる。


「では姫さま、いや、参りますよ」


「ああ、そうだった。私はって設定だった。こうなったらなりきってやろうじゃない。由美、護衛は任せたよ。マリリン、ビビアン、僕についてこい!」


「はい、アヤノさま!」


 御者台の老人が微笑ましいものを見るような顔で彼女たちを見送る。


 午後の王都の街は数え切れないほどの人たちが行き交っていた。露店には色とりどりの野菜や果物、生活雑貨、アクセサリーなどが並びその豊かさを表している。服装もさまざま。冒険者もいれば着飾った裕福な者、聖職者や兵士も見える。たまに西洋風とは異なる独特な民族衣装の女性もいた。


「さすがは大都会だね。でも、猫耳の人とか髭もじゃのドワーフさんとか美しすぎるエルフさんとかはいないの?」


「はは。彩乃様、いいえ坊っちゃん。そういった亜人たちは随分前にこの国を離れましたよ。生き残っているのならですけど、大陸の西にならいるんじゃないでしょうか? 極稀に亜人の冒険者は見ますし、あと奴隷なんかでしたら……」


 彩乃の質問に由美は最後、言いにくそうにする。


「えっ! 奴隷って。奴隷制度はお母さんが廃止したって、ししょうから教わったよ」


「ええ、公式にはそうなのですけど……。取り締まりが追いついていません。シャルロッテ様が不在のいま、議会がそのことを利用して勝手をしていると申し上げればわかりやすいでしょうか。奴隷制度の復活が現在審議されておりますし、実際のところはそうなっています。商人たちは実利で動きますし、法に関しては司法院が管轄なのですが議会の顔色を窺っている状態で実質機能してはいません」


「お母さんが戻ってくれば解決するの?」


「いえ、それがまた問題で……。教皇派が『親殺し』の罪を追求しようと待ち構えています。しかし、あれは国を救うための英断だったと、国民で王を糾弾しようという者はおりません」


「はあ……」


「そのあたりのことはシーマ様やゴールドウィン様が動いておられますので、それを信じるしかありませんね。あっ、お目当てのお店が見えてきましたよ!」


「ん? あの看板は本を扱っているお店なの?」


「はい。ご興味がおありでしょ? この世界のBLやGL、そのほかも含めての異世界文芸の宝庫ですよ」


「な、なんですと!? そ、それはぜひとも」


 彩乃は難しい政治の話から一瞬で、魅惑の世界へと引きずり込まれたのであった。

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