第28話 その少年、ヴィス。②とっておきの傷薬とスープ

「こっち、こっちー」


 妖精エアリィに先導されて少年は森を進む。魔獣相手に激しく動いたせいで、足取りはかなり重い。しかし、この確実にどこかへ向かえているという感じが彼を支えていた。


「なんだあれは?」


 木々の隙間から何か構造物がヴィスの視界に入る。その不思議な建物は、近づいてもやはり少年がこれまで見たことのない形状のものだった。


「ここに私のおともだちが住んでるのー」


――エアリィの友達? ともだちか……。


 ヴィスは先程の妖精たちの群れを思い出し身震いするが、すぐに頭を振りそれを消し去る。あの勇者の『見えてるモンが全てじゃねえってことだ』という言葉がふと浮かぶ。


――くっ、敵に影響されるなんてあってはならないことだ。でも、この建造物、近くまできても何なのか分からない。


 石壁に囲まれた箱型の建物の上に巨大な半球が乗っかっている。何でできているのか、岩を切り出したものでないことは少年にも分かる。金属の板を組み合わせて作られていそうだと考えたところで、その建物の扉の前まで来ていた。扉のサイズから妖精の住処ではないことは明らかであった。


「おーい! 開けてよー。カワイイ、カワイイ、エアリィちゃんだよー!」 


 エアリィの呼びかけに、少ししてその扉がゆっくりと開かれた。


「いらっしゃい。かわいい妖精さん」


 小柄な老婆の姿がそこにはあった。


「え、エルフなの?」


 年老いてはいるが、その品のよい優しそうな色白の顔の左右には尖った大きめの耳。ナエトゥスから教わったエルフの特徴とそれは一致していた。


「そうだねぇ。おや、坊や。怪我をしているじゃないの。これは大変だわ! エアリィちゃん手伝ってくださいな」


「あーい!」


 少年は中へ招き入れられると、部屋の奥にある大きめのベッドに寝かされた。もうぼろきれ同然の衣服はすべて剥ぎ取られてしまった。慌てて股間を隠そうとするが、横になったことで身体が安堵したのか両腕はすっかり力が抜けてしまって、少しも動いてはくれなかった。


――お婆ちゃんに妖精さんだし、べ、別に恥ずかしくなんてない!


 ヴィスはそう思い込もうとする。少しすると柔らかい湿った布で拭かれる感覚。


「しみるかもしれないけど、我慢しておくれ。ああ、どんなことしたらこんなことになるんだい? 酷いねえ、かわいそうに……」


――こんな気持はいつぶりだろうか。他人にすべてを委ねるなんて……。ナエトゥスは元気だろうか? アビは無事なんだろうか? ああ、温かい……。

 

「昔は治癒魔法も使えたのだけど、ごめんなさいね。もう、うまく魔力が循環してくれないのよ……。でも安心しなさい。とっておきのエルフの傷薬を作ってあったの。ほんと作っておいて良かったわ」


 目を閉じて、その布の柔らかさと老婆の声の温かさに身を任せていると、しばらくして予想もしていなかった激痛が走った。


「ぐあっ! い、痛い、痛い!」


「ごっめーん。ちょっとお薬いっぱいつけすぎたかもー」


 目を開けると、エアリィが黒みがかった深い紫色のペースト状のものを両手で少年の胸の傷口に塗りつけていた。においはしないがなぜか怪しげな妖気のようなものが立ち昇っているようにヴィスは幻視してしまう。


「大丈夫よ坊や。これはよく効く薬草を何十種類もかきあつめて煮込んだとっておきのお薬なのよ。でも、口に入れたら死んじゃうかもだから、エアリィちゃん気をつけてね」


「げっ、お婆ちゃん! それホント? やっばーい。これ、ほとんど毒じゃーん。うふふ」


「えっ、ええ!?」


「坊や。冗談ですよ。じょ・う・だ・ん」


「へっ?」


 エルフのお婆ちゃんは茶目っ気のある笑顔をヴィスにみせると、食事を用意するからといって部屋を出ていった。その後、エアリィのペースト塗りつけ攻撃を全身に浴びて、少年の気力はほぼゼロになってしまった。


「エアリィ……。きみはどうして怪我もしていないボクの大事なところにそんな……。ううっ、痛いよぉ。それに恥ずかしいよぉ……」


「そうなの? これってそうなんだ。うふっ、男の子って面白いわね」


 エアリィの半ば玩具にされてヴィスが真っ白になってしまったところに、とても良い匂いが漂ってきた。同時に少年のお腹がぐうと鳴る。


「あらまあ、これは凄いことになってるのねぇ。これだけしっかり塗ったら傷もすぐに治るわね」


 そう言ってエルフの老婆はベッド横の台に湯気のたつスープのお皿を乗せる。


「エアリィちゃん。お手々を洗ったら坊やにスープを飲ませてあげてねぇ。こういうのは可愛いい女の子のお仕事ですからね」


「まっかせてー! かわいいエアリィちゃんは頑張るのー」


 老婆はベッドの側に椅子を運ぶとそこにちょこんと腰掛けた。


「坊やのお名前はなんて言うのかしら? 私はエレンミアよ。見ての通りのエルフのお婆ちゃんね」


「ヴィスです。ま、魔族、らしいです……」


「ヴィス……。ああ、生きているうちに魔族さんとお会いできるなんて。素敵だわ。昔は私も魔族さんにお世話になったのよ。だからこれは魔族のヴィスくんを通しての私の恩返しね」


 少年は、いろんなことをこの老婆から聞きたかったのだが空腹には耐えられなかった。手を洗って戻ってきたエアリィに木の匙で飲ませてもらう、とてもやさしい味のするスープにしばし夢中になるのだった。

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