第26話 偉大なる配管工さまとおんなじ

  彩乃が目を覚ますと、そこはベッドの上。シーマの家の拡張空間部屋にあった天蓋つきベッドをさらに豪華にしたようなものに彼女には見えた。


「彩乃様、お目覚めですか! いかがですか、ご気分は? 頭が痛いとか、どこかおかしなところはございませんか?」


「うん。とってもよく眠れたって感じでスッキリ爽快! それで由美姉ちゃん、ここは、どこ?」


「王城、ウィステリア城にございます。あの後、姫様を馬車でお運びし、こちらのお部屋に。ここはシャルロッテ様がお使いになられていたお部屋ですよ」


「お、お母さんのお部屋? おっ、おーっ! 意外。とっても可愛らしいお部屋……。ほんとにそうなの?」


「ええ、その感想は想像通りですね。王はお若い頃、異世界から召喚された勇者の持ち込んだ『カワイイ』文化に傾倒されておられましたから」


 それは実際にヨーロッパにあるようなお城の一室というよりは、アニメや漫画にでてくるお姫様のお部屋のイメージに近いと、彩乃には感じられた。調度品は小洒落た感じで控えめ。この部屋で唯一成金趣味に見えてしまうのは、このゴージャスなお姫様ベッドだけのようだった。


――この大きなウサギのぬいぐるみ、日本でも見たような気がするし。 壁紙なんて目を凝らすとハートマークでいっぱいだ。


「そ、そうだ! あの怖い人。それに、おじさんは? マリオおじさん!」


「ゴールドウィン様のことですね。別室でシーマ様とご一緒です。では、お着替えをお手伝いいたしますね、彩乃様」


「着替えを手伝う?」


 彩乃が言葉の意味を考えていると、由美が扉を開ける。すると、白のエプロンに黒の侍女服の女性たちが入ってきてずらりと並ぶ。


「姫様、我々にお任せくださいまし」


 中央の一番ぴしっと背筋の伸びた中年女性がそういうと、まわりの若い女性たちがきびきびと動き出す。


「えっ、ええ!?」


 ニヤニヤ顔の由美の見守る中、彩乃は着せ替えお人形さん状態になり、なすがままにされるのであった。



「彩乃様、お入りください」


「えっ、でも。これって……、胸元がスースーするし。うわっ! お、お姉ちゃん!?」


 薄い水色のドレスにティアラを頭にのせた彩乃が大部屋に引きずり込まれる。


「おっ、おお! これは美しい……」


 シーマが思わず上げた声が聞こえて、一層恥ずかしくなる彩乃。


「嬢ちゃん、ほんとに見ねえうちにべっぴんさんになったなぁ」


 懐かしい声に顔を上げる彩乃。そこには初老の大男が満面の笑顔で立っていた。


「お、おじさん! なんでこっちにいるの? でも、会えてうれしいよ!」


 その大きなお腹に飛び込む彩乃。


「こらこら、お姫さんってのはお淑やかにしてなくちゃいけねえんじゃねえか?」


「そんなの知らないし! でも、おじさんの日本語が流暢なのがちょっと気になるなぁ」


 この親王派の中心人物でもあるマリオ・ゴールドウィンは、彩乃にとっては、毎年クリスマスの12月になるとカナダからプレゼントをたくさん抱えて家にやってくる両親の友だちであり、彼女にとってのサンタさんでもあった。


「ガハハハっ! 俺にとっちゃ、これが母国語だ。ガイジン風ってのか? コニチハ。ドウモデス。アヤノサーン、ゴメングダサーイ! あっちでは結構頑張ってたんだぜ」


「そうか……、おじさんもこっちの人なんだね。でも、マリオって名前も嘘なの?」


「アヤノ、それはあってるぜ。俺はマリオ・ゴールドウィンだ。あっちの偉大なる配管工さまとおんなじ名前だ」


「そっか、良かった。私にとってはマリオはマリオでしかないからね。でも、マリオの服装に赤が入ってないのはちょっとなあ」


「彩乃ちゃん、ゴールドウィン卿は冬のある時期になると、あっちの世界の例の伝説の偉人のように、赤い装束でソリにのって恵まれない子どもたちにプレゼントを配ってまわるんだよ。トナカイじゃなくて地龍に引かれてんだけどさ」


「へえ、すごい! かっこいいじゃん、マリオ!」


「だろ?」


 見上げてそういう彩乃にキメ顔で答えて見せるゴールドウィン。


「それで彩乃ちゃん。あのとき僕は彼を呼びにいってて見てなかったんだけど、枢機卿に君は何を見たんだい?」

 

「あっ、ああ……」


 彩乃の表情が変化するのを見たシーマはソファに座るよう彼女を促す。


 ――あのときはお姉ちゃんのことを『視る』ために私はチカラを使った。あの男の人のそれは……。


「く、黒くて……。ただ真っ黒っていうか、暗くて、光がない……、闇? あんな純粋に絶望しかない『色』なんて見たことなかったの。あんな状態で正気でいられる人間なんて絶対にいない。でも、悲しいとか苦しいとかそういうのを通り抜けた先にある、きっとそれはそんな『色』だと思う。うまく伝わらないと思うけど、ただただ、怖かったの……、絶望の闇が」


 両腕を抱えて小さく震える彩乃の肩に優しく手をのせるシーマ。


「ありがとう。嫌なことを思い出させてしまってごめんね。あの枢機卿については僕たちがどんなに調べても何も出てこないんだ。奴が教皇派の黒幕であることは間違いないのだけどね。あの港で僕たちが対峙していた時間、彼は王都の議会に同時に参加していることが確認されているんだ。まったく謎だよ」


「嬢ちゃんに興味を持っちまったのが厄介だな。俺の方でも動いてはみるが油断するんじゃねえぞ。嬢ちゃんには銀剣の守りもあるが、まだまだその力を発揮できるところまではいってねえからな。シーマ、ユミ、こっちでは頼んだぜ。なんかあったら、シャルロッテとセイヤにあわす顔がねえからな」


「ああ、そうだね」


「はい、ゴールドウィン様。この命に替えましても。次はあのような失態はございません!」


 由美が唇を噛み拳をぎゅっと握るのが彩乃には見えた。 

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