第24話 その男、元勇者なり。⑤残機ゼロ

 少し前まで深い森が広がっていたその場所は、まったく別の風景、いわゆる荒野と化していた。


「大丈夫ですか? という言葉はおかしいですね。生きてるんですか? その状態で……」


 聖也というこの世界では人族という種族に分類されていたであろうその肉塊は、ゆっくりと時間をかけて再生を果たそうとしていた。初めは彼が死んだものとして泣き叫んでいたトリチェリであったが、バラバラになっていた聖也だったものがそれぞれ動き出したのを見て次は腰をぬかす。その場を逃げ出そうと思った彼だったが、なんとか思いとどまりその不気味で異様な光景の観察を続ける。トリチェリは昔、聖也が自分に言っていた冗談を思い出した。『俺ってさ不死身じゃん、でもアレって実は制限があるんだよなぁ』という聖也の言葉を何度か聞いたのだが、あの時は取り合おうともしなかった。


「あれって本当だったんだ……」


「かはっ……。痛えよぉ。なあトリチェリ、俺泣いてもいいかな?」


「ええ、どうぞどうぞ。お好きなだけ。でもまだ眼球が無いですよ」


「そっか……、それは残念だ」


「あ、あの。そんな状態のセイヤに聞くのも何なんですけど。昔、不死身に制限があるって謎掛けみたいなこと言ってたでしょ。あれってどういうことですか?」


「ああ、それな……。あっちの世界でいう『チート』 って言えばいいのか。単純に俺って三回まで死ねるんだわ。駆け出し勇者の頃にいきなり二回、雑魚魔物相手にやらかしちまってな。そんで今回のこれでなんだわ……」


「ザンキ? つまり全部使い切ってもう復活はできないってことですか?」


「そーだな。こうなってみると、何か、やっと死ぬのが怖えって思えてくるな。もう何かと戦うとかって、俺、無理かも……」


「いや、それって普通ですから。ようやくセイヤは人並みの感性を持つことができたって、逆に喜びましょうよ……」


「うーん。そうか、そうなんだろうな」


「で、あの魔王の息子はどうなったんですか? 女魔族はそこで気を失ってたんで縛っときましたけど。いや、へ、変なことなんてしてませんよ。あんな縛られる前から紐で縛られてるみたいな格好してますけど……。ほ、本当ですから!」


「……。ああ、それは分かるわ。何てったっけあの可愛らしい子、お前の幼馴染。多分いまだに一途なんだよな。ウチの奥さんあの子のこと良く褒めてたな。いや、元奥さんか……」


「な、何言ってるんですか? あ、あんな暴力女のことなんて!」


「なんだよ、当たりかよ。ほんとお前って分かりやすいわ。ははっ。おっ、目も生えてきた。いや、目は生えないか」


「そんなことはいいんです! それより、あの息子のことですよ」


「ああ、俺も本調子なら完封できてたんだけどなぁ、やっぱブランク長いと出力上げた時、身体がついてかないんだよな。でも次は問題ねえぜ、全身隅から隅まで超回復だ。知ってっか? 筋肉とかって筋繊維の破壊と修復を繰り返すと強くなるんだぜ。俺の場合は超復活だな、へへっ。ああ、あのガキなかなりの重傷を負ってるな。運が良ければ生きてるし、そうでなければそれまでの運命だってことだ。だが、生きてんな。俺の勘がそう言ってる。外れることがねえんだこの勘はよ」


「そんな勘とか言って……、よく酒場のギャンブルで負けて身ぐるみ剥がされてたじゃないですか。勇者なのに……」


「そうだったか? 覚えてねえなぁ。魔王の言葉ははっきり今でも覚えてんだけどな」


「ああ、それ! なんて言ってたんですか?」


「ああ、『頼む、息子を殺してくれ』って……よ」


「おおぅ……」


「でも、あれは逆の意味だ。俺の勘、じゃねえか……。ヤツの目は反対のことを俺に訴えかけてたぜ。これは誰がなんと言おうと譲れねえな」


「そうですか。で、セイヤ。あとどれくらいで新生勇者は超復活を終えるんで?」


「うーん。この感じだとあと半日くらいだな」


「そうですか。じゃ、あの女魔族担いで先に帰りますね」


「お、おい!」


「すいませんね。仕事が溜まっているもので。じゃあ!」


「えっ、ええ!? ちょ、ちょっと、俺、寂しいんだけど……」



 勇者が再生をしているころ。魔族の少年は深い森の中を彷徨っていた。


「想定外だ。あれは化け物だ……。最後のボクの最大の攻撃をワザと受けてた。それにボクを見て笑ってた……。死んでない。絶対あいつは生きてる。駄目だ、こんなんじゃ……。もっと、強くならないと。もっと……。かはっ。死なない。ボクは死なない。生きる、生きるんだ……」


 ボロボロになりながらも少年は、ただ生き延びるということだけを思い、前に進むのだった。

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