第23話 ロイヤル・ガード
船を降りるとそこには武装した数人の騎士たちが並んでいた。彩乃は身構えたが、由美の『あれはみんな私の部下ですよ』という言葉に力が抜ける。由美は両方の世界を『ゲート』で行き来していたらしい。
「ほう。僕たちの到着が分かっていたようだね。さすがはロイヤルガードだ。でも、由美ちゃんから連絡はしていないはずだけど」
シーマがそう言うと、声を掛けられた男がピーッと指笛を吹く。すると一羽のカモメのような海鳥が彼の肩にとまった。
「海のことはこいつらが教えてくれますので」
「なるほど。僕は気づかなかったよ、流石だね」
「恐縮であります、シーマ様」
「で、君たちは僕の出迎えではないよね」
すると五人の騎士は彩乃の前まで来ると一斉に膝を折り頭を下げた。
「ふーん、ひと目見て分かるものなんだ。すごいね」
感心している様子のシーマ。それに比べて彩乃は動揺が隠せない。
「えっ、ちょ、ちょっと! あの……」
「彩乃様、こういうときは堂々となさいませんと。何でも良いので声をかけてやってください」
由美に背中を押され一歩前に彩乃は出される。
「えーっ! そんなこと言われても……。えっと、えっと。お出迎え、ありがとうございますっ!」
騎士たちは一段深く頭を下げる。そして合わせたかのようにスッと立ち上がった。男が三人、女が二人の構成であった。
「ふわぁ、みなさんカッコいいです」
みな絵に描いたような美男美女で、彩乃の口から思わずそんな言葉が漏れる。
「こいつらは、見た目だけでなく腕も一流ですよ。王国最強の近衛騎士です」
「おおぅ、団長が褒めたぞ……」
「うん、いまたしかに聞いたわ。これは何か良くないことが起こる前触……、いったーい! 何するんッスか団長!」
「姫様が誤解するだろうがよ! 私の方針は『褒めて伸ばす』だろ、なあ、アアッ?」
「は、はい。我々は褒められて伸びるクソ虫どもであります! 決して団長の鉄拳制裁で鍛え上げられたクソ虫では……、ぐへっ!」
さっき肩に海鳥を乗せていたお兄ちゃんが吹き飛んでいった。
「だ、大丈夫ですか? あの人」
「姫様、問題ありませんよ。こんなのはいつもの団長の挨拶ですから。あっ……」
彩乃の隣に立つ由美のひきつった笑顔に気づいて女騎士が固まる。
――何か、気さくな人たちで安心した。
彩乃は、騎士たちの用意した馬車で城へ向かうと告げられてテンションが上がった。人生初の馬車である。ふと、まわりを見回してもやはり自動車の一台も見えない。歩いている人たちの誰もビジネススーツなんか着ていないし、学生服も、スニーカーも、歩きスマホの人もいない。ラノベでよく読んだ想像の中の景色が広がっていた。
ご機嫌な彩乃は由美と腕を組んで馬車へと歩く。
「しばしお待ちを」
あの海鳥の騎士、ガウェインが前に出た。
「どうしたんだろ?」
「ああ……、面倒な。教皇派の貴族がいます。彩乃様」
教皇派と聞いて由美の腕を掴む力が強くなる。
「大丈夫かな?」
「ここは僕の出番ですね。お任せあれ我が姫」
そう言うとシーマは颯爽とガウェインのいるところへゆっくりと悪い笑顔全開で向かう。
「だからどうして王家専用馬車が持ち出されていると聞いておるのだ! 王がどこかに雲隠れしているいま、どう考えても王家の紋章のついたこれがこんなところにあるのを不審に思うのは当然であろう」
見事に突き出た腹に豪華な装飾品を身につけた壮年の貴族が、ガウェインを怒鳴りつける。その前は御者の老人に詰め寄っていたらしく矛先が変わって、やれやれという顔をしていた。
「ですから彼がご説明した通り、点検です。実際に走らせて不具合が無いかを調べているのであります」
「そんなもの城内の庭を回れば済むことであろう」
「じっさいの路上はしっかり整備されたお城とは違うのですよ。だから……」
「おや、これはウェスティン卿ではありませんか。親王派の重鎮、ゴールドウィン卿の領地にわざわざ足を運ばれるとは、もしやこちらに鞍替えされるとか?」
「し、シーマ殿!? どうして……」
突然横からにゅっと顔を出したシーマに後ずさる貴族ウェスティン。
「どうなされたのですか? まるで死人を見たようなお顔をされて?」
「くっ……」
何か言いたげな表情を浮かべるが出かかった言葉を飲み込む。
「そういえば、港に大きな幽霊船が停泊しているとか。中には恐ろしい骸骨どもが蠢いており、駆けつけたゴールドウィン卿も匙を投げられたご様子。港の船の運行もそれによって混乱しているようです。なんでもその帆船の所有者が分かったそうで、これについての損害賠償請求を司法院に申し立てるとか仰っておられましたねぇ。王都最大の港です。上級貴族さまでも払える金額かどうか……」
「な、なんだと!? い、いや。急に私は用事を思い出した。シーマ殿とは腹を割って話したいと思っておったのだが、残念であるな。では、失礼する!」
流れるように半分事実、半分嘘をすらすらと述べるシーマの言葉に慌てふためいたウェスティンは、供の者を引き連れて重たい身体を必死に引きずって港の方へと去っていった。
「おじいさん、大変だったね」
「も、もしかして姫様ですか? ひゃあ、これはありがたや、ありがたや。問題ないですじゃ、しっかと御者をつとめさせていただきますぞ!」
俄然やる気になった御者の老人はテキパキと馬の確認や馬車の状態を確かめ始めた。
「ねえ、ししょう。スケルトンさんたち大丈夫かな?」
「ええ、もちろん。僕の最強の死霊術で生み出した魔物ですからね。並の軍隊でも歯がたちませんよ。それにこの街を治める貴族にはあらかじめ伝えてありますから、遠くから牽制するフリはしますけど、基本放置してもらえることになってます」
「そうなんだ。なら、良かった」
彩乃は頑張って甲板を走り回っていたホネ助たちのことを思い出す。
「シーマ様、あの貴族が襲撃の犯人なのですか?」
「いや、おそらく船だけ貸し出したのだろうね。彼には僕を亡き者にしようなんて度胸はないよ。典型的な小物だ」
「そうですか……。すると黒幕は……」
由美が呟く。
「えっと、黒幕って教皇さま?」
由美とシーマの会話が気になった彩乃はそう質問してみた。
「いやいや、教皇様はお飾りだよ。とてもお優しい人格者なんだけど、最近は……あっちの世界でいうところの認知症っぽい。百歳手前の御高齢だから仕方のないことなんだけど。黒幕っていうのは……」
「シーマ様、噂をすればです……」
「ま、マジか……。僕、あの人苦手なんだけど」
シーマのぼやきと同時に、五人の騎士がスッと彩乃を隠すように前に出るのだった。
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