第22話 王家そして勇者

 船室の扉を何度もノックする軽い音で彩乃は目を覚ます。


――ああ、ちょっとだけのつもりが、ぐっすり寝入っちゃった。なんか楽しい夢を見てた気がするんだけど……。うーん、思い出せないな。


 ベッドから出て扉を開けると、スケルトンの船員が立っていた。骨のアゴをカタカタ鳴らしている。


「ホネ吾郎さんじゃん、どうしたの? えっ、来いってこと?」


 スケルトンに引っ張られて寝惚け顔のまま船室を出る彩乃。甲板にはシーマと由美の姿があった。


「きたきた。彩乃ちゃん、陸地が見えてきたよ」


 シーマの指差す方向には、うっすらとだが、たしかに陸地らしきものが海の上に浮かんでいる。以前、彩乃はそんな絵葉書の写真を見たような気がした。


「おーっ!」


 船べりから身体を乗り出す彩乃。


「我が国最大の港湾都市ポートタウンです」


 由美の言葉に頷く彩乃。しばらくするとたくさんの停泊する船、そして中世風のレンガ造りの建物が立ち並んでいるのがはっきりと見えてくる。白い海鳥たちも上空を旋回している。


「でも、ししょう。こんなに堂々と港に行っても大丈夫なの?」


「ああ、問題ないよ。連中は何を言っても、しらばっくれるはずだからね。これくらい分かりやすく現れたら教皇派も驚くでしょ」


「一応、由美姉ちゃんに教えてもらったんだけど、王国はいまふたつに割れているんですよね。お母さんの派閥と教皇っていう偉い人の派閥で」


「ざっくりだけどそれで合ってるよ。まあ、どっちつかずの奴らもいるけどね」


「でも、王国だったら王様がいちばん偉いんじゃないの?」


「うん、普通なら。でも、この国の状況は特殊でね。魔族との大きな戦争があったことは知ってるよね」


「はい。たくさんの人たちが亡くなったって……。由美姉ちゃんもお婆ちゃんの元に来るまでは戦場で戦ってたって……。私より幼い子どもだったのに」


「あの戦争自体とっても不幸な出来事だった。だけど、この国はその後がもっと大変だったんだ。魔王が勇者によって倒されて人族が勝利を収めたんだけども、その当時の王が暗殺されてしまったんだ。この国の王は女系だ。つまり君の実の祖母にあたる方だ。それを行ったのが配偶者である旦那のほう、彩乃ちゃんのお爺さんだね。この国の女系の王選出の仕組みをひっくり返そうとしたんだ。権力というのはそれほどまでに人を狂わせるものらしい」


「えっ……」


 顔は知らないが、血のつながった祖父母の衝撃の事実に彩乃は言葉を失う。

 

「こんな船の上で話すのもどうかと思うけど、上陸にあたっては彩乃ちゃんも知っておいた方がいいと思う」


「はい……」


「でもそんな企みは実の娘によって打ち砕かれることになるんだ。英雄シャルロッテ様だ。君のお母さんだね。魔王討伐の別働隊の一員だった彼女は魔王領から凱旋後、さらに実の父親を討ち取ることになるんだ」


「……」


 母の名前が出てくるのはもちろん彩乃にも分かっていた。だがその事実を受け入れるのに少し時間を要した。


「魔族との戦争ですっかり疲弊していた国民だったんだけど、先王は人格者でね、人気も高い方だったんだ。だからね、シャルロッテ様の行動はほぼすべての国民に受け入れられた。でもね、彩乃ちゃんにも分かると思うけどこれは悲しい出来事だ。親殺しは王家に関わらず大罪だ。そこにつけ込んだのが教会だ。この大陸全体に影響力を持つ創世教の総本山もこの国にあってさ、国家の乗っ取りを企んだんだよ。例の先王殺害も教会の、教皇の指示によるものだって話もある。これは証拠がないんだけど、ほぼ間違いないと言える」


「はあ……、自分の実の家族のことなのに実感が湧かないです。お母さんがとても大変だったことしか……」


「うん。それでいいと僕は思うよ。もう過ぎたことだし。あとひとつ君が知っておかないといけないことがある」


「あとひとつ?」


――これ以上何があるっていうのよ。もうこんな重たい情報、私のキャパを大きく越えてるのだけど……。


 俯きそうになっていた彩乃はシーマの顔を見上げるた。

 

「魔王が倒された前後で、女神様がお姿を隠されたんだ」


「ああ、前にそんなこと言ってましたね」


「教会はそれについて勇者を疑っているんだ」


「ゆうしゃ? 勇者様をですか?」


「うん。そしてその勇者というのが……。君の父親、聖也だ」


「へっ!? お父さんが勇者さま? い、いや。あの人そんな強くないし、いつもお母さんの尻に敷かれて……」


「僕たちがこの世界に渡るときに使った『ゲート』が使えるようになる前は、女神様による召喚によってあっちの世界から連れてこられた者が勇者となったんだ。伝説的な勇者の活躍は数多く残っているんだけど、女神様曰く、聖也は歴代最強の勇者だということだよ」


「さ、さいきょー!?」


 驚きで大きく目を見開いた彩乃を見て、にっこり笑うシーマ。そして彼は再び港のほうへ目を向ける。


「ああ、もうすぐ船が着岸するね。船を降りる準備をしようか」


「は、はい!」


 歩き出したシーマのあとを彩乃は慌てて追いかけ船室に降りていくのだった。

 

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