第21話 その男、元勇者なり。④女神殺し
聖也たちの前に、女魔族アビゴハサが少年を守るように出る。
「いいんだ、アビ。あなたは無理しなくていい。この人たちはとても強い、あなたに怪我でもされたらボクが困るんだ」
「ですが、若様……」
わずかに上げた少年の手を見て、頭を下げると魔族は一歩下がる。
「おっ? 俺の持ってた坊やのイメージはもっとこう、ヤンチャな糞ガキだったんだが。意外にお上品なお子様なんだな」
聖也のそんな言葉にも表情ひとつ変えない少年。
「あなたが勇者セイヤですね。名前は知っています。ボクは……」
「魔王エリゴリアルの息子、ヴィスだな」
「ああ……。当然知っていますよね。ボクたちはあなたたち人族によって監視、管理されているのですから」
「んー、親父の仇を前に表情ひとつ変えねぇのか」
「ボクは父の顔を知りませんし、もちろん母についても。だからボクも少し驚いてるんです。ちょっとは復讐心のようなものが湧き上がってくるのではないかって期待するところもあったのですけど」
「そ、そうか。なら面倒なこともなくて助からぁ。一緒に街に戻ってもらおうか? 坊やがお家に帰ってくれたら何の問題もない。俺のお使い仕事はこれで終わりだ」
少年に手を伸ばす聖也。だが、ヴィスはその手を見つめたままとろうとはしない。
「残念ですけどボクはあなたに従うつもりはない。もう人族に縛られることはありません」
「おいおい、何言ってんだ?」
「ボクにとって生まれる前の出来事なんて関係ありません。大人たちの都合で自分の人生が制限されるなんておかしい。それに勇者セイヤ、あなたは知っていますか? この大陸は、あなたたちが魔族と呼ぶボクたちが先に住んでいたんです。かつてはもっと数多く存在した他の種族たちと、それは平和的にね。それをある時どこからともなく現れた人族が侵略をはじめた。これは歴史的な事実です。古いボクたちの言葉で書かれていますからあなたたちには読めないでしょうけど、ボクたちのご先祖さまたちが遺した数多くの文書にははっきりとそう書いてある。お家に帰るのはあなたたち人族のほうですよ」
セイヤは目の前の少年の魔力が急激に高まるのを察知した。
「逃げろ、トリチェリ! こりゃ、やべえ」
「勇者がボクにとって一番の邪魔者であることには、先代魔王がどうとかに関わりなく、それは違いありません。ボクたちの未来のためにここで死んでください!」
ヴィスが向けた手のひらから禍々しい魔力の奔流が二人に襲いかかる。
「ぐおっ!」
「うわっ、ああーーっ!」
聖也の握る聖剣を中心に光の防御壁が展開されるが、たちまち侵食され破壊される。吹き飛ばされ石の床に叩きつけられる二人。
「その剣、眠っていると思ったんですけど。これは騙されました。ですが、勇者セイヤ。聖剣との繋がりが弱く感じるのですけど、あなた『勇者』としての資格が怪しくなっているのではないですか?」
「くはっ、な、何言ってやがる」
「ああ、そうでした。勇者は女神の加護によって成立する存在。少なくともこの大陸にはその存在の気配はありません。あの忌まわしい戦争のさいに姿を消したとか言われてるのでしたね。ねえ、勇者セイヤ。実際のところどうなんですか?」
「はあ? そ、そりゃ、どっか行っちまったんだろうがよ……」
このとき初めて少年の顔に表情が浮かぶ。それは何か憐れなものを見下すように聖也には感じられた。
「ふふっ。面白いことをおっしゃる。嘘ですね。理由は分からないのですけど、人族の希望である女神はあなたによって、殺された」
「……!?」
聖也の顔から表情が消える。
「せ、セイヤ。どういうことですか?」
トリチェリが慌てて確認するが、聖也は答えない。
「否定もしない。やはりこれは本当のことのようだ」
さらに少年はこれは面白いものを見たという顔になる。
「黙れ! 小僧!」
「嫌だな。大人ってのは都合が悪くなると、すぐに声を荒げて上から押さえつけようとする。それは相手が子どもだからですか? ああ、あなたは『力』の象徴、勇者さまでしたね。力でねじ伏せるのは得意でしたね」
「トリチェリ、下がってろ。このガキには
「え、ええ……」
トリチェリは頷くと、すぐに走り出した。魔族の少年の底のしれない強さよりも、聖也の『本気』という一言に反応したのだった。
――やばい、やばい、やばい! セイヤが本気だって!? 下手すりゃ国が消し飛ぶ。すぐに本部に連絡しなきゃ。
「ふふっ、ボクの強さが分からないなんて、おじさんはもう過去の人だね。ボクには相手の魔力の量や質がはっきりと見えるんだ。あなたの魔力の質はとても高いけど、量はさほどでもない。魔力は魂の器の大きさによって決まるっていうからね。最大値でもボクの足元にも及ばないよ」
「小僧、講釈はもういいか? 俺はおめえの親父と約束してんだ。世界はおめえが思ってるより遥かにデカくて、無慈悲だってことを今から叩き込む! 簡単に死んでくれるなよ、小僧!」
聖也の雰囲気が一変したのが、ヴィスにもすぐに分かった。
「えっ、これは何? こんなのありえないって……」
「その一、見えてるモンが全てじゃねえってことだ。いくぜ!」
その日、誰にも気づかれないまま、かつて魔王城と呼ばれた不落の要塞はこの世界から消失した。
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