第19話 天誅ーーっ!

 彩乃と由美は拡張空間で作られているシーマの家の一室、扉に『保健室』と書かれた部屋にいる。設置されている二台の硬めのクッションのそれぞれのベッドの上で、何も身に着けず清潔な白いシーツを掛けられた状態でうつ伏せになっている。


――マジで殺されるところだったわ……。何が剣の技量は私のほうが上よ、お姉ちゃん全部余裕で見切ってたし。ああ、騙された……。由美姉ちゃんは狂戦士、バーサーカーだったわ。ししょうが様子を見にきて止めなかったら絶対に死んでたわ。骨も残さずあの虫さんみたいに消え去ってたはずよ! なんてカワイソウなワタシ……。


 隣でニヤニヤしながら自分を見ている由美をにらみ返す彩乃。


「驚きましたよ彩乃様。シャルロッテ様から聞いていたより遥かにお強い。つい私も本気になってしまいました」


「はあ!? お姉ちゃん、私死んじゃうところだったんだよ!」


「そうでした。脳内で溢れ出たなぞ物質が私の理性の欠片かけらすら残さなかったもので。あれほど興奮したのはシャルロッテ様とのヴァナヘイム大陸武闘大会以来でしょうか。ああ、あえなく私は虫けらのように敗れ去りましたけど。大会四位のシャルロッテ様に肉薄できただけでも良しとしましたけど。彩乃様のご年齢でその強さなら王を超えられるやもしれません。いやぁ、これは楽しみですね」


 顔を赤らめながらそう言う由美を見て、彩乃はひとつ深い溜め息をつく。


「いやいや、その前に私生きてないって気がするんだけど……。っていうか、お姉ちゃんの話だとお母さんは私に本気なんて出してなかったって分かるし、その本気の鬼軍曹よりも強い人が少なくともあと三人いるってことが驚きなんだけど」


「彩乃様、世界は広いのですよ。まだ見ぬ強者が他にもきっとゴロゴロいるはずなのです。大陸武闘大会はまだお上品な世界の住人たちの催し物です。私が幼い頃属していた……」


 由美はシーマが入ってきたことに気づいて口を閉じる。彼女の表情からつい余計なことを口走りそうになったのだろうことがうかがえた。


――裏世界って何よ……。ああ、頭が痛くなりそう。うん、聞かなかったことにしよう。


「あんな凄い斬り合いをしていたというのに、二人とも元気そうじゃないか。いやぁ、若いっていいよね」


 ニコニコ顔のシーマはこの世界には似つかわしくない医者の着るような白衣を身に着けていた。


「ししょう、コスプレですか?」


「そうそう、こういう治療って雰囲気も大切だと思うんだよ。見様見真似で作ってみたんだけど似合ってるでしょ?」


「見て見てぇ、わたしもー!」


 エアリィもナース姿で飛び回っている。正直、かわいらしいと彩乃には思えた。


「では、治療をはじめようか。訓練とはいえうら若き女性たちの肌に傷が残ってしまうなんて僕には耐えられないからね」


 シーマの言う通り、かなり深い傷をお互い負っていた。高品質な治療ポーションによりもうあの辛すぎる痛みはないのであるが、残念なことに傷跡は残ってしまうようだった。そんな由美との会話を聞いていたシーマが、これは滅多に行わないことなんだけどと断りをいれた上で傷跡も治せると申し出てきたのだ。それは由美も初耳で驚いた顔をしていた。


「ししょうってすごいのですね。この世界の魔法って私が思っているほど万能じゃないってことを、お姉ちゃんから教わったんですけど」


「ふふっ、いいね。もっともっと僕を褒めてくれて良いのだよ。まあ、シェヘラザード様のように切断された腕や脚なんかをひっつけたり、生やしたりなんていう女神様の御業みたいなことはできないんだけど。僕はこういった古傷を含めて美容的な魔法は得意なんだ。実は高額の料金でだけど、王都の貴族の御婦人たちの肌ケアを何件か専属でやっているのだよ」


――身体のあちこちに切り傷が残ってるみたいだし、治してもらえるなら、ちょっとくらい恥ずかしいのは我慢できるかな。別にししょうだから見られてもいいのだけど……。


 そんなことを考えながら、シーマが自分のシーツをめくろうとするのをぎゅっと目を閉じて我慢する。


「シーマ様、いや、ちょっと先輩、待ってくれますかね」


 由美が突然、手を止めさせる。


「どうしたんだい、由美ちゃん?」


「ふと、いま思い出したんですが……。私、一度シェヘラザード様の治療行為に立ち会ったことがあるのですよ。そのときのことを考えると、患部に直接手を触れなくても治療できるのではないかと。いえ、先輩の善意を疑っているわけではないのですけど」


――えっ!? これって触られちゃうの!


 由美の発言に驚く彩乃。由美の先輩呼びからもう確実に疑っていることが分かる。シーツを身体に巻きつけて身体を起こしシーマから距離を取るためベッドの端に逃れる。


「えっ、え!?」


「彩乃様、私との訓練でチカラの開放のコツも分かってきたご様子。ぜひ先輩のこころの状態を見ていただきたいのですが」 


「ゆ、由美ちゃん。何をいっているのかな? ぼ、僕には何のことだか……」


 彩乃は由美に言われたとおり、チカラの一部を開放する。由美との殺し合いによって命がけで修得した魔力コントロールはとても簡単にできた。


「あっ、ああ……。お姉ちゃん! ししょうがただのエロオヤジに……」


 彩乃に見えたシーマを包むそのピンクがかった、だけどどす黒い気持ちの悪い色の混じったそれは、かつて学校でも見たことのある男子のキモい目線のときの色と同じであった。


「天誅ーーっ!」


 シーツを取り払い、全裸でベッドから飛び上がった由美の飛び蹴りがシーマの顔面を直撃した。さすがにいろいろ見えてしまったからなのか、動けなくなったシーマはだらしない顔をしてその見事な蹴りを受け入れていたように彩乃には見えた。


「ぐはっ!」


 しばらくして意識を取り戻したシーマは、由美とエアリィに小一時間説教されていた。それもなぜか正座の状態で。


 その後、無事に服を着たまま接触無しで治療魔法を受けた彩乃と由美は、シーマを部屋から追い出し、お互い見せあいっこしながら全身の傷跡が消えていることを確認し歓喜したのであった。

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