第18話 その男、元勇者なり。③「あなたが父を殺した勇者なのですか?」
「おまえが来てくれると心強いぜ、トリチェリ」
「はあ……。これは上からの指示ですよ。私なんてあの戦争後、ずっと内勤の書類仕事しかしてないんですよ。死んだら化けてでてやりますから!」
深い森の中を聖也とトリチェリは進む。快晴のはずだが高い木々の間から漏れる日の光は僅かで薄暗い。
「そうか、奇遇だな。俺もずっと剣なんて握ってないわ。それに化けるも何もいまのおまえの魔力量なら、死んだら消えて何もなくなっちまうだろうが」
「だから死ぬ気なんてないんですって! 危なくなったら見捨てて逃げますからね。恨まないでくださいよ」
「ああ。でも、おまえのことだ。何やかんや言いながら最後までついて来るんだろうけどな」
聖也の笑顔にうんざりしたような顔をするトリチェリ。
「……。あっ、見えてきましたよ、セイヤ。あそこです」
しばらくして二人が森を抜けるとそこには廃墟と化した巨大な建造物、かつての魔王城があった。魔王城というのは通称で、正式名称はロゴリアフォートレス、戦時中の要塞である。戦いが激しかったのはここから離れた平地であり、何万もの人と魔族の兵士たちがそこで命を散らした。ほぼ無傷のこの要塞は蔦などの繁殖力の高い植物によりすっかり覆われてしまっている。
「随分と変わっちまったな……」
「そうですね。セイヤはあまり変わってないというのに……」
「うるせい」
「それで気配は?」
「ああ、中に何かいるのは感じられるが、魔物かもしれねえな。いや、魔力量はゴブリン程度だが……。これは抑えてるな、魔力の隠蔽だ。探してるガキかもな……」
「まだ十三、四の子どもでしょ。抑えなきゃなんない魔力って異常ですって。ああ、魔王の忘れ形見ならありえるか……」
「そうか? ウチの娘も似たような感じだったぞ。親バカかもしれねえけど、魔力操作は俺の遥か上を行くぜ。まっ、抑え込むだけで引き出せねえんだろうけどな」
「姫様がですか……」
「ああ、俺のお姫さまはな」
二人は蔦を掻き分け要塞の中へ侵入する。やはり人がひとり入れるだけの隙間が空いていた。
「【我らの進む道を照らし給え】、ライト」
トリチェリが光の初級魔法で先を照らす。
「この通路をまっすぐだ。奥の部屋だな。昔俺が魔王とサシで戦った場所だ」
聖也の言葉にトリチェリは何も言わずに頷く。奥へと進むにつれて他の場所とは異なり、壁や天井、床など破壊の跡が多く見られる。
「魔王の配下ってさ、ホント化け物揃いで。俺もよく生きてられたって思うわ。魔族って魔力隠蔽なんてせせこましいことする奴なんていないってのが昔の常識だったんだが、ひとりだけ変人がいてな。俺の探知にまったく引っかからなかったんだわこれが。闇ん中に潜んでてさ、あれは魔王んときの次に死ぬかもって思ったなぁ」
「ほう、そんな強者がいたと。よく切り抜けられましたね」
「ああ、俺って鼻がいいだろ?」
「女の匂いを嗅ぎ分けられるとかいう、一部の勇者マニアたちに語られる噂話ですね。私は信じちゃいませんけど……。だって化粧の匂いとか香水とかそういうのじゃないんでしょ、意味が分かりません」
「そうなのか? いや、そういうものなのか……。ちなみにトリチェリ、いまそいつに背後取られたぜ」
「へっ!?」
暗い通路にキーンと高い金属音。トリチェリの背後を襲う刃を聖也の聖剣が防いでいた。
「やあ、お久しぶりといったとこかな。相変わらずエロい身体してんなぁ、『暗殺者』アビゴハサ。いや『痴女』が正しかったか?」
距離をとる魔族の女。彼女の妖艶な肢体をまったく隠す気のない黒のビキニアーマーは、二人にはただの紐状のナニカにしか思えなかった。
「そんなピッカピカの聖属性魔力を撒き散らしながら、この偉大なる魔王様の霊廟に現れるなんて馬鹿な自殺志願者だと思ったのだけど、あながち間違いとは言えなさそうね。お馬鹿な勇者さま?」
「ほんとに魔族の女性陣の俺への評価が低すぎるんだが、どういうことなんだろうな? トリチェリ」
「知らないですよ、そんなこと」
魔族に対して武器を構える二人。
「なあ、アビさん。この場所に魔族がいるってのは、『誓約』違反だって分かってんだろ? 殺されても文句は言えねえぜ」
「ふん。そんな弱腰のナエトゥスたちが勝手に決めたことに、どうして私が従わなくちゃいけないのさ。偉大なる魔王様の御霊に祈りを捧げるのに人族へ許しを請わなきゃなんないとか意味が分からないわよ」
「まあ、そうなるか……。あんたの居所だけはずっと分かんなかった。でも、そっかこの要塞。あんた、ここでずっとひとりで墓守りをしてたんだな……」
「お、お前がそれを言うか!」
魔族アビゴハサの剣が五つに増え、宙に浮かぶ。それぞれがまるで意識を持つかのように二人へと激しく襲いかかる。
「魔剣かぁ。昔、苦しめられたな……。でもこれは駄目だ。かつての技のキレがないし、威力も中途半端。その怒ったフリはあれだろ、奥にいる『坊や』から俺達の目を逸らさせるためだろ。ちなみにここにいるトリチェリ君は、剣技だけなら俺の上をいくぜ。そして俺もいる。初撃をしくじったあんたに勝ち目はない」
その言葉通り、舞い踊る魔剣に的確に二人は対処している。
「それがどうしたっていうのよ? 刺し違えてでもお前たちを殺す!」
「そっか『坊や』を逃すためなら死も厭わないってことか。でも残念だけど、その坊やも逃げる気はないようだぜ」
「若さま!?」
その気配に気づき、敵を前にしているというのに振り返るアビゴハサ。
奥から中性的な顔立ちの黒髪の少年がゆっくりと歩いてくる。見た目は魔族と人族とで違いは無い。貧しい農民の着るようなみすぼらしい服装ではあるが、彼の纏う雰囲気は高貴な血筋の者が自然、一緒に持って生まれてくるもののように聖也には思えた。
「あなたが父を殺した勇者なのですか?」
「ああ、そうだな」
透明感のある少年の声に、聖也はそう低く答えるだけだった。
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