第16話 のぞきダメ、ゼッタイ
結局、昼頃になって彩乃は目を覚ました。それは生活習慣からくるものなのか、お腹が空いて目が覚めたのである。数時間しか寝ていないはずなのだが、不思議と頭はすっきりとしており、睡眠の不足を彼女はまったく感じていない。甘い香りが部屋を漂っていて気持がいい。
『おっはよー、お寝坊さん。食事の準備はできてるわよー』
天蓋付きのお姫様ベッドに侵入してきたのはエアリィだった。
「何言ってんのよ、ついさっき眠ったばっかりで寝坊なんて……、って、えっ! ええーっ!?」
上等な白くて薄い掛け布団の下、彩乃は自分が何も身につけていないことに驚く。
『どうしたの? ああ、裸の理由ね。そこに桶があるでしょ、それで湯浴みをしたところまでは覚えてる?』
「ああ、そう言えば……」
――汗もかいてたしお風呂に入りたかったんだけど、そんなものないよってエアリィちゃんに言われたんだった。由美お姉ちゃんが魔法でお湯を用意してくれて、あの布で身体を拭いてたら眠くなって……。このベッドにそのまま……。
「はあ、そういうことか」
『彩乃ちゃん、セキュリティは万全だから安心してね。シーマが怪しい動きを見せていたけど、私と由美ちゃんで阻止してやったわ!』
「ん? 阻止?」
――妖精さんなのにセキュリティって言葉……。でも、ししょうが怪しい動きって。えっーーーーっ!?
『のぞきダメ、ゼッタイ!』
「ま、まさか……」
『シーマは否定してたけど、全力だったわ。あれはゼッタイ、アヤシイの!』
「い、いや。ししょうだったら別に……」
『何を言っているの彩乃ちゃん! あなたはこの国のお姫様なのよ、そんな簡単に男の前で脱ぐとか、肌を見せるとかゼッタイ、ダメなの!』
「は、はい……」
『まあ、あなたには銀剣ちゃんもついてるから心配ないんだけどね』
「銀剣?」
『そうよ、アン・シエル・クレールちゃん。彼女もシーマは怪しいっていってたよ。今度何か悪いことをしようとしたら串刺しにしてやるって言ってたわ』
「もしかしてエアリィちゃん、あの剣とお話できるの?」
『もっちろんデース。あの姉妹とは長い付き合いだからね。シャルロッテちゃんのオー・クレール・ドゥラリュンヌちゃんとも仲良しよ。あの子のほうが妹なの。彩乃ちゃんを守ってるほうがお姉ちゃんよ』
「お母さんのほうの剣が妹で、私のほうのがお姉ちゃんなんだ」
『ただ完成した順番だから、二人ともおんなじくらい強いのよ!』
――お母さんのことをシャルロッテちゃんて、銀剣にもちゃんづけだし。もしかして随分長く生きてるのかしら。もしかしてずっとずっとお婆ちゃんなの!?
『ん? 彩乃ちゃん、いまなにか失礼なこと考えたりしなかった?』
「ま、まさか。ソンナコトナイデスヨー」
『あやしいのデス』
二人の賑やかなやり取りに気づいた由美が彩乃の着替えを持って部屋に入ってくる。
「彩乃様、ご気分はいかがですか? 誘眠効果のある香を薫きましたのでよく眠れたのではないかと」
部屋の隅にある小さな壺のようなものを由美が持ってくる。
「ああ、このいい匂いはそれだったんだ。すごいね、ぐっすり眠れたよ。ありがとう、お姉ちゃん」
「いえいえ。お食事ができておりますが、すぐに召し上がられますか?」
「うん! お腹ペコペコだよお」
由美が用意してくれたこっちの世界の服に袖を通す。それは市民階級の女の子ではなく、男の子の普段着だった。魔法の訓練をシーマが行うことは聞いていたが、併せて由美が剣の稽古の相手をしてくれるということで、動きやすい男子の服になったということだ。そのかわりにといって特別に由美が用意してくれた寝間着は、ピンクのかわいらしいものであったのだが、唯一の難点はスケスケの大人仕様であることだった。
「いただきまーす」
『いっただきマース』
「ん?」
『ん?』
食事、この場合は時間的に昼食であるのだが、それを前にして顔を見合わせる彩乃とエアリィ。
「こっちでも食事のまえの挨拶ってするの?」
『もちろんよ。そっちでもするって聞いてたけど、おんなじね』
「おじいちゃんに教わったとかじゃなくて?」
『タイゾーが来るよりずっと前からこの国とその周辺地域ではふつうね。私の知るかぎり、このヴァナヘイム大陸東部の人族は昔からそうしてるわよ。ほかの種族はしないんじゃないかしら』
「じゃあ、僕から説明しようかな」
ついさっきまで、由美とエアリィから変態だのロリコンだの散々いわれていたシーマだったが、その凹まされたメンタルもすでに完全に回復していた。彩乃が分かったのはシーマが守備範囲の広い女好きという事実だった。彼女としては自分のほうを向いてくれる可能性があるので別に悪い話でもないと前向きな解釈をしている。
「どういうことなんですか、ししょう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます